Concert Report #671

甦れ日本!和楽とオーケストラのコラボレーション!
「和と洋の想を聴く」

2014年3月26日(水) 文京シビックホール 大ホール
Reported by 多田雅範

【作曲・指揮】 高橋裕
【管弦楽】 オーケストラ・アンサンブル金沢

笙とオーケストラのための“風籟”(1992)
笙:石川高

琵琶とヴィオラ、オーケストラのための“二天の風”(2013)
琵琶:田中之雄  ヴィオラ:須田祥子

能とオーケストラのための“葵上”(2006)
能楽:観世喜正・神遊         

「加賀前田藩因縁の地 文京から、」とフライヤー。丸の内線後楽園駅を降りてすぐの文京シビックホールへ。建物の中は区役所になっていて、戸籍の受付窓口が見える。葬儀屋をしていた頃に埋葬手続きに何度も来たよなあ。年取ると東京じゅうのあちこちが想い出の空間になっている。

和楽器とオーケストラのコラボにはほとんど期待していなかった。日本の伝統音楽とクラシックに共役性を見出すことは困難だ。

会場に着いて、これは作曲家・高橋裕の集大成的な個展であることを知る。

前半の1・2曲目「風籟」と「二天の風」、これにはたまげた。宝だ。

1曲目。笙の石川高が揺るぎなく、音響を響かせる。笙の音色、その楽器の歴史的タイム感覚からすると、それに対峙するオーケストラと指揮棒は、五線譜ワールドから逸脱しなければ到底音を合わせることはできない。相当の集中力を用いた響きのスコアリングが、鬼気迫ってくる。響きのドローン状態、響きのレイヤー構造が必然的に導き出されている。作曲者高橋裕はそのように頭で考えたのではなかったのもわかる。何というか、獰猛な欲望、一線超えの狂気といったものまでが感覚的に書き込まれているのではないか。笙の響きとの強くて静かな響きの融解。未踏の響き。笙の響きに対して、これが可能だったとは。そしてこれをコンサートホールで、生で聴けるなんて。

2曲目は昨年の作品。琵琶とヴィオラ、管弦楽。空間と沈黙、石の打音や竹の破裂音を風景に溶け込ませたもので、これはまるでECMと地続きではないか。そこには凶暴なファンタジーが潜んでいる。スコアで成し遂げようとしている果敢。とても現代音楽を聴いているとは思えない聴取の意識拡張があった。

すごい作曲家がいたものだ。ホールに出て、思わず2枚組CD『シンフォニック・カルマ:高橋裕管弦楽作品集』を購入、入手困難盤。

高橋裕は、小山薫、鈴木行一、多田栄一と「時の会」を結成している。松村禎三門下生ばかりだ。<小山薫は知ってるぞ、衝撃的なCDを聴いてレビューもした>『射干玉(ぬばたま)』http://www.jazztokyo.com/newdisc/520/koyama.html

後半「能とオーケストラのための“葵上”」になって。ステージは能の舞台、本物がそのまま。そして、管弦楽がステージの下、コンサートピットに埋まっている。こんなことしていいのか?完成された能の舞台へは足し算も引き算もできないものではないだろうか。実際に見事な能楽「葵上」が始まる。能を鑑賞しながら、そばでラジオのクラシック番組が放送されているような奇妙な体験となる。オーケストラのタイミングや心象表現は映画音楽のようにカンペキに合っている。それは見事。創作の心意気も称賛できる。しかし、能は揺るがない。管弦楽を寄せ付けない。

批評家石田一志が曲目解説で「この構想はまた、高い完成度を誇る能楽の<型>の世界に存在する緊張感に満ちた間や幽暗な底知れぬ奥行きが、実はすこぶる大きな包容力そのものであり、容易に崩れ去らぬものであることも明らかにした」と記している。

一度は、もしくは誰かが、この果敢な挑戦をしなければならなかったであろう日本の現代音楽の歴史だったかもしれない。

作品としては、笙の響きと対峙した「風籟」が、閃光のように残るものだろう。

石川高はエヴァン・パーカーのエレクトロアコースティック・アンサンブルに参加しECMにも名を残しているが、笙の響きに対するアプローチの違いはあるにせよ、高橋裕の鬼気迫る天才性は突出して時代を先取りしていたのだ。(多田雅範)


多田雅範(ただ・まさのり)
Niseko-Rossy Pi-Pikoe。1961年、北海道の炭鉱の町に生まれる。東京学芸大学数学科卒。元ECMファンクラブ会長。音楽誌『Out There』の編集に携わる。音楽サイトmusicircusを堀内宏公と主宰。音楽日記Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review。

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