Concert Report #673

東京春祭 歌曲シリーズ vol.12
マルリス・ペーターゼン(ソプラノ)

2014年3月29日(土)東京文化会館小ホール
Reported by 藤堂 清
Photos by 堀田力丸/東京・春・音楽祭提供

曲目
R.シュトラウス:献呈 op.10-1
シューマン:歌曲集《女の愛と生涯》op.42
R.シュトラウス:歌曲集《おとめの花》op.22
-------------------休憩------------------
R.シュトラウス:オフィーリアの歌(《6つの歌》op.67より第1〜3曲)
リーム:歌曲集《赤》
R.シュトラウス:ツェチーリエ op.27-2
----------------アンコール---------------
R.シュトラウス:万霊節 op.10-8
シューマン:献呈 op.25-1(歌曲集《ミルテの花》より)
即興「さくら」

ソプラノ:マルリス・ペーターゼン
ピアノ:イェントリック・シュプリンガー         

期待に違わぬすばらしいリサイタルであった。
マルリス・ペーターゼン、1968年生まれのドイツのソプラノ。
2000年代の初めからコロラトゥーラ・ソプラノの役柄で各地のオペラハウスで名前を目にするようになっていた。ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスでのツェルビネッタ(《ナクソス島のアリアドネ》)、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でのルルなど本国以外での出演も多く、また歌曲の分野でも活動し、それらはCDとして発売されていた。2008年に来日公演が予定されていたのだが本人の体調不良で中止され、今回が東京での初リサイタルとなった。
プログラムは「女性」を主題とする四つの歌曲集を並べたもの。前半の二つは、男性の側からみた、あるいは期待・希望する女性像。後半の二つは、女性の内面を描いたもの。その前後をR.シュトラウスによる女性への想いを歌った歌曲ではさんでいる。
ペーターゼンの声は硬質で無駄な響きがなく、言葉が聞き取りやすい。歌い方も、歌詞や音楽に余計な「解釈」を加えず、作詞家・作曲家が書いたそのものを提示するといったタイプに思えた。
プログラムの初めにおかれた《女の愛と生涯》は、アデルベルト・フォン・シャミッソーの詩によるもので、1800年代前半の女性の恋、結婚、出産、夫の死、老後の想い(この歌曲集では省略されている)が描かれている。当時の男性からみた「期待される女性像」と考えられ、それをそのまま2000年代に提示されても面白味が感じられない。ペーターゼン自身もこの歌曲集に共感を持っておらず、「昔の男に今の女の気持ちが分かるわけがないでしょう」とでもいうように「突き放した目」で演奏していたように感じられた。この歌曲集をもっと普遍的な物語とするためには、声とピアノの協調・対立といった要素がないとむずかしいのだろう。残念ながら、シュプリンガーはそういった積極性をもつ演奏家ではない。
《おとめの花》は、四つの花を女性のタイプにあてはめ、それぞれの行動パターンを歌い上げたもの。詩はフェリックス・ダーンによる。曲がペーターゼンの声に合っており、R.シュトラウスらしい多彩な世界を聴かせてくれた。
後半の最初の《オフィーリアの歌》(本来は他の3曲も含む6曲の歌曲集だが、この3曲だけ単独に演奏されることが多い)は、シェークスピアの原詩の独訳に譜曲されたもので、「ハムレット」の中でオフィーリアが狂気に陥った場面でのものである。ここでの彼女は、'Grab'、'Maid'、'Bahre'などの一部の単語を強調することで、曲の性格を明瞭にしていた。
最後の歌曲集《赤》(対訳では「紅色」としていた)は、1952年生まれのドイツの作曲家ヴォルフガング・リームが、カロリーネ・フォン・ギュンダーローデの詩により1991年に作曲したもの。作品だけを聴いていれば、R.シュトラウスの後期のものと同じような時代に書かれたといってもよいような印象を受ける。赤は、血であったり、夕焼けであったりするわけだが、この曲集でのペーターゼンの一つ一つの言葉へのこだわりは、他の曲集でのときより格段に強かった。200年以上前に書かれたものであったとしても作詞家が女性であることで、共感するところが多かったということであろうか。それまでのクールなイメージの彼女とはうって変わって、グイグイと作品の中に引き込む力を感じた。
アンコールは3曲、その最後の曲はちょうど五分咲きくらいになっていた上野の桜を歌った彼女の即興曲。ベルクを思わせる、短い旋律の積み重ねで大きな曲想の変化を打ち聴かせ、そこに彼女の音楽性が表れているように感じられた。
今回のリサイタル、マルリス・ペーターゼンの高い評価を確認できたすばらしいものであった。もう少し自発性の高いピアニストとの共演であれば彼女の特質がさらに発揮されたのではないだろうか。
彼女は、2010年2月にウィーンでライマンの新作《メデア》の初演で歌い、その直後にニューヨークでMETが113年ぶりに上演した《ハムレット》に出演した。しかもMETは上演の後半のみの予定だったのが、当初予定されていた歌手がキャンセルしたため、《メデア》の終了後すぐに移動し、2日後にオフェーリアを歌うという離れ業を演じ、そのどちらもが高い評価を受けた。こういった時代を問わないレパートリーに対応できることが彼女の強みだろう。その彼女のリサイタルにもかかわらず、今回空席が多かったことは残念であった。
最後に、このような歌曲シリーズを継続し、まだ日本での知名度の高くない歌手を招聘しつづけている、東京・春・音楽祭の関係者に感謝したい。


藤堂清 kiyoshi tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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