Concert Report #676

レイフ・オヴェ・アンスネス
ピアノ・リサイタル(ベートーヴェンへの旅)

2014年4月9日@東京オペラシティコンサートホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

【オール・ベートーヴェン・プログラム】
ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調Op.22
ピアノ・ソナタ第28番イ長調Op.101
創作主題による6つの変奏曲ヘ長調Op.34
ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」Op.57         

 このところ、複数のシーズンにまたがる大規模なプロジェクト「ベートーヴェンへの旅」を展開しているアンスネス。ピアノ協奏曲全5曲の弾き振りを中心に、集中的にベートーヴェン作品に取り組む彼が、2014年春の日本公演に選んだ曲目は、1800年から1816年までに作曲されたソナタ3曲に変奏曲1曲。地味と言えば地味なプログラムだが、なんと豊かな音楽に満たされた一夜だったことだろう。
 アンスネスは、楽譜からベートーヴェンが語りかけてくることにひたすら誠実に耳を傾け、なんの飾りもなくそれを聴く者に差しだそうとする。しかしもちろんそれはただの愚直な通訳のような営みではなく、そこにはまぎれもなく、作曲家と演奏者の内的な対話があり、ベートーヴェンの謎かけに対する演奏者独自の解が、さりげなく織り込まれているのである。アンスネスの創意工夫に感心しつつ、聴いたあとに残るのは、久しぶりに作曲家の肉声に触れた、という思い。ふだん聴くベートーヴェンが、如何にはったりや過剰なパッションにまみれた、作曲家から遠い音楽になってしまっているかを再認識させられた。

 開幕のソナタOp.22は、いちばん若い1800年の作品。ウィーン古典派の端正な佇まいが美しい。とくに第4楽章の、ふわりと夢心地なロンドは忘れがたい。次のOp.101は、今宵のプログラムの中では最も遅い作曲(1816年)。ベートーヴェンらしい諧謔がくっきりと表れている作品で、とくに第2楽章のスケルツォおよび第3楽章アレグロのフガートの出だしなどは、アンスネスの創意も冴える。
 実のところ筆者がいちばん瞠目したのはこの作品と、休憩後の変奏曲(1802年作)である。ベートーヴェンの変奏書法の巧みさ、洗練されたフレージングに改めてはっとさせられた。アンスネスの、トリルをはじめ装飾音がなんとも美しい。最終変奏のモルト・アダージョはその極み。
 終曲の「熱情」は定番の名曲。正直、これを最後に持ってきたプログラムを見たときは、筆者にはあまり魅力的なコンサートに見えなかった。しかしピアノ関係者(指導者や学生)にはこれこそ聴きたい曲だったかも。客席の少なからぬ部分を占めていた彼らの喝采が、いちだんと熱を帯びたことも確か。そして確かに、リサイタルの最後を締めくくるにふさわしい演奏であったことも確か。振幅の大きいディナーミク、洗練されたアゴーギグなど、すみずみまで彫琢の施された、聴き応え十分の演奏で、いまひとつ面白くないプログラムだなどと思っていた、自分の不明を恥じた。
 客席から贈られる喝采は心からの尊敬に満ちていて、今ここで共にアンスネスの音楽に耳を傾けることのできた喜びをかみしめるかのようだった。まだ40代半ばの若さなのに「巨匠」という呼び声も納得できる、この上もなく立派なコンサートである。ベートーヴェンを再発見させるに十分のアンスネスの試み。次回はピアノ協奏曲を聴かせてもらえるようだが、ソロ・リサイタルもぜひ加えてほしいものである。


佐伯ふみ
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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