Concert Report #678

横坂源チェロ・リサイタル
〜斎藤秀雄メモリアル基金賞 受賞者支援コンサート〜

2014年4月11日 東京文化会館小ホール
Reported by 悠 雅彦
Photos by 林喜代種

横坂 源(チェロ)
伊藤 恵(ピアノ)

1.アダージョとアレグロ(チェロ・ソナタホ長調より)(フランクール)
2.ザッハーの名による3つのストロフ(デュティユー)
3.おとぎ話(ヤナーチェク)
4.チェロ・ソナタ第1番ホ短調 op. 38 (ブラームス)
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5.チェロ・ソナタト短調 op. 19 (ラフマニノフ)

 チェロの音が滑り出したとき、これぞ<意志を秘めた音>だと瞬間的に直感した。幕開きのフランクールの作品の2つの楽章を聴きながら、この若きチェリストの演奏にかけた情熱にいたく感心したからだが、この情熱を私なりの言葉でいわせてもらうなら<意志を秘めた音>となる。だが、意志の力が演奏の芯を貫いている迫力や推進力を生む大きな要素になっているとはいいながら、それによって演奏が雑になったり、軌道を大きく外れたり、あるいは我がままな振る舞いになったりすることがない。そこがこのチェリストの非凡さを示して余りあるところというべきなのだろう。言い換えれば、意志を内に隠した思慮深い演奏家だ。
 それはプログラムを一瞥しただけで分かる。先述のフランソワ・フランクール(ルイ15世に仕え、貴族にも列せられた音楽家だという。原曲は5楽章からなるヴァイオリン・ソナタだそうだが、横坂は最初の2つの楽章を弾いた)にしても、軽いエスプリを感じさせる演奏ながら決して手を抜いたり、ウォーミングアップ風な前哨戦といった意識は露ほども感じられない。それにしても、2曲目がデュティユーのチェロのための無伴奏ソロ曲(1976年に故ロストロポーヴィチの提案でベリオやブリテンら当代屈指の作曲家12人が、財団をつくって現代の作曲家たちを支援したパトロン活動で絶大な寄与を果たしたスイスのパウル・ザッハーの70歳を祝って新曲を書いた。これはその1曲。プログラムに沼野雄司さんがザッハーにまつわる興味深い一文を寄せている)。フランクールからデュティユーへという急激な落差ゆえか、消化不良を感じさせるやや荒削りな部分が垣間見えたものの、3曲目のヤナーチェクからスムースな軌道に乗った。いわば横坂らしい溌剌とした水流がほとばしるかのような旋律ラインを聴く者の心に心地よいエコーを響かせたのが、このヤナーチェク。「おとぎ話」は横坂にとっては演奏術と語りのリズムとのバランスがスムースに発揮された好ましい演奏で、まさにお伽の世界をのぞき見る気分が味わえた。
 ピアノは伊藤恵。芯が強いだけでなく妥協を許さないタイプの伊藤との相性がどうか。その点に注目して聴いたが、不思議なくらい呼吸もよく合い、コンビネーションも実にスムース。横坂の方が煽られるのではないかと懸念した点も、演奏が始まってみれば杞憂に終わったよう。ただ、とくに前半の最後に演奏されたブラームスの「ソナタ」では、剛のピアノがフォルテッシモを打鍵すると、低い音域で沈潜するかのような情感を歌うチェロの柔を音響的に圧するきらいがあった。もっともこれはホールの音響的特性が横坂の楽器(1710年の P. G. Rogen 製作器)に味方しなかっただけのことかもしれないが、両者が息の合った、ときには丁々発止の演奏を繰り広げていただけに惜しまれた。
 後半はラフマニノフの「ソナタ」。ヤナーチェクのあとブラームスのソナタがホ短調で、ラフマニノフがト短調。当然、当初から演奏が陽の気分がはじけるといった開放的終焉に向かうことがないだろうとは予測したものの、ブラームスからラフマニノフへと(休憩を挟んで)短調のソナタを連続させるプログラムを組んだ横坂の、このリサイタルに賭けたいつにない意気込みが、ハレの開放とはひと味違った終焉を呼び込むことになった。それはまた彼自身も計算済みだったと見え、当初からアンコールに備えた別曲は用意していなかったらしいことにも窺えた。この曲はショパンのチェロ・ソナタから半世紀ほど後の作品だが、私は兄弟作品のように考えてきた。調性も同じト短調なら、楽章もソナタながら4楽章。また、両作とも友人のチェリストに作曲され献呈された作品なのだ。ラフマニノフのソナタは初期の作品ながら、第1楽章や緩徐楽章にはあの名曲の第3ピアノ協奏曲(ニ短調)のメランコリックなエモーションが見え隠れする。また、ピアノが重要な役割を担っている点でもショパンと共通するが、ここでの伊藤惠の横坂と四つに組んだ熱演が格別な感銘を呼び込んだことは間違いない。横坂もまた最後を締めくくるにふさわしい、安っぽいメランコリーには決して堕さぬ献身的な演奏で締めくくった。少なくともブラームスからラフマニノフへと続く演奏は大変な力技を要求されるが、当日配布されたチラシには来る6月末、ドビュッシーとフォーレのチェロ・ソナタ(ともにニ短調)を演奏するとの予告があり、この夜と比べてどんなアプローチをするかがすこぶる興味深い。
 横坂源が出光音楽賞を受賞したのは確か18歳のときだったと思う。先にFM放送で聴いたエルガーのコンチェルトも例外ではないが、あれから10年近くを経て将来の日本のチェロ界をになう逸材としての成長を遂げつつある演奏に触れて頼もしい限り。(なお、このリサイタルは10周年を迎えた『東京・春・音楽祭』の一環としておこなわれた)。(悠 雅彦)


悠 雅彦(ゆう・まさひこ)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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