Concert Report #684

須川展也/デビュー30周年記念コンサート

2014年4月29日 東京文化会館大ホール
Reported by 悠 雅彦
Photos by Kiyoshi Sugawa

<第1部>
1.(a)カフェ1930
 (b)ナイトクラブ1960(アストル・ピアソラ作曲「タンゴの歴史」より
2.アヴェ・マリア(カッチーニ/朝川朋之編曲)
3.ファジーバード・ソナタ(吉松隆)
4.プライム・クライム・ドライヴ(長生淳)
<第2部>
1.アルメニアン・ダンス・パート1(アルフレッド・リード)
2.日本民謡による狂詩曲(石川亮太)
3.シーガル(真島俊夫作曲「Birds」より
4.サキソフォン協奏曲(ジョン・マッキー)

須川展也(ソプラノ&アルト・サックス、指揮〜第2部の(1)のみ)
鈴木大介(ギター)〜第1部(1)
小柳美奈子(ピアノ)〜第1部(2)(3)(4)
トルヴェール・クヮルテット(サクソフォン四重奏団〜須川展也、彦坂真一郎、新井靖志、田中靖人)〜第1部(4)
ヤマハ吹奏楽団(ヤマハ・シンフォニック・バンド)〜第2部(1)(2)(3)(4)
山下一史(指揮)第2部(2)(3)(4)         

 3時間半にも及ぶコンサート。加えて演奏会の直前に、後半の第2部で演奏された1曲(上記プログラム第2部の(2))が追加されたことで、全体では4時間になんなんとする、通常のリサイタルでは余り例がないコンサートとなった。それでいて、客席で聴いていても、この長丁場で聴き疲れたりすることが皆無だったということは、それだけこの約3時間にも及ぶコンサートがいかに充実していて中身が濃かったかを物語っていた。
 それにしても、巨大な上野文化会館の客席が最上階の観覧席までかくも人、人、人で埋まった光景を目の当たりにするのは、私には初体験だった。その大半が須川展也の人気に負うていることはいうまでもない。ところが、これまた初体験の、第2部で登場したヤマハ吹奏楽団の演奏をほんの少し聴いただけで確信した。浜松で活動するこの吹奏楽団の仲間、応援団、シンパが浜松や東京など各地から駆けつけ、少なからずシートを埋めたのだ、と。実際、私は驚倒してもおかしくないほど、この若いブラスバンドに耳ならぬ目をみはった。須川が心底この吹奏楽団に惚れ込んでいる謎が解けた。この若い連中と演奏する喜びは何にも代え難いと心底思っている須川の表情が、無邪気な子供のように輝いているのはその何よりの証しだったろう。そこにデビュー以来30年という長い歳月にわたって努力を怠らず、地道な活動をこつこつと積み重ねてきた須川展也というサックス奏者の人気の一端を垣間見たような気がする。
 上記の演奏曲のうち、吉松隆、長生淳、最後のジョン・マッキーの3作が比較的規模の大きな作品。それらを含めてどれ1つとっても気の抜けた演奏はない(ちなみに、第2部の1曲目のみ、須川は指揮に専念した)。このうち私が感銘深く聴いたのは、須川と同世代の長生淳が2006年にトルヴェールに書いたオーケストラとの共演作で、今回ピアノ5重奏用に編み直した版の初演奏。須川(ss)、彦坂(as)、新井(ts)、田中(bs)のサックス・アンサンブルは、ジャズなどのアイディアを巧みに消化して緻密に構成した変化に富む全3楽章を、高度な連携とバランスを保った寸分の無駄やほころびのない展開で歌い上げた。ピアノをまじえた5重奏では初演という特段の硬さも見せず、27年目を迎えたユニットらしいテンションの波を切らさぬ力強い快演。4本のサックスの特徴を生かしたバラード型の乾いた抒情味(第2楽章“クライム”)といい、切れ味鋭いシャープな楽句が姿形を変えてスピーディーに展開する両端の楽章(“プライム”及び“ドライヴ”)といい、初演の緊張感はむろんあったろうが、文句のつけようのない演奏だった。それはまた、恐らくは何度も演奏して自家薬籠中のものにしている「ファジーバード・ソナタ」の、リラクゼーションに富んだ空飛ぶ鳥の滑空を思わせる演奏との、対照的面白さを浮き彫りにした(須川が委嘱したという曲「サイバーバード協奏曲」を聴いてみたいものだ)。
 ギターの鈴木大介とのオープニングのピアソラ作品も琴線に触れるような味わい深いデュエットだった。プログラムに追加した石川亮太作曲「日本民謡による狂詩曲」もタイトル通りのエキサイティングな演奏だったが、須川と一体になって喫驚すべきアンサンブルを披露したのが冒頭で触れたヤマハ吹奏楽団だった。
 2010年に創立50周年を祝う特別コンサート(サントリーホール)を披露したというだけでなく、一昨年の全日本吹奏楽コンクールで金賞受賞を重ねたほか海外演奏も積極的に試みている、いわば吹奏楽の老舗といってもいいほど吹奏楽の歴史に大きな足跡を残してきたブラスバンド(ここでは吹奏楽団とブラスバンドを同義的に扱っている)だ。私は過去にこの集団を聴く機会に恵まれたことがなく、今回初めて目の当たりに聴いてすっかり魅せられた。いや、驚いた。何に目をみはったか。まずアンサンブルの、音楽的に質がすこぶる高いということ。アンサンブルのピッチが正確で安定しているからでもあるが、広いステージに陣取った総勢何と60人を超えるプレーヤー(オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴット、サックス/トランペット、トロンボーン、ホルン、ユーフォニウム、チューバ/ベース、パーカッション)が一糸の乱れもないアンサンブルを展開する様は壮観ですらある。ところが、実際に奏でられる音は壮観というより、むしろナチュラルで繊細でさえあるのだから舌を巻く。このプレーヤーがヤマハ(浜松)の従業員で、さまざまな楽器づくりやメインテナンス、さらには設計などを担当しているアマチュアだと聞くと、これだけのプロ顔負けのアンサンブルを達成し、のみならず海外を含む演奏ツアーまで敢行するのに必要な時間をいったいどうやって捻り出しているのか、と不思議な気持だ。
 第2部はこのヤマハ吹奏楽団がステージに陣取り、4曲を演奏した。1曲目は常任指揮者だという須川がタクトを振り、3曲で須川のサックスと共演した。余白が尽きたので、大熱演を繰り広げたプログラム最後の「サクソフォン協奏曲」(ジョン・マッキー作曲)に触れて締めくくることにしたい。
 これは米国の若い作曲家が2007年に発表した5楽章作品だが、第1楽章(前奏曲)と最終5楽章(フィナーレ)に挟まれた3つの楽章では、たとえばブラスやメタル打楽器が活躍したり、サックスや木管楽器をフィーチュアしたりしながら、須川のソプラノと時に激しく、時に螺旋状に絡み合いながらクライマックスを現出させていく場面が実にスリリング。ヤマハ吹奏楽団のプレーヤーたちはしかし、落ち着き払って須川のソロに対応した。聴衆はこのソロとアンサンブルの熱闘には知らず知らず釘付けになり、私でさえ余りの熱気に須川が倒れるのではないかと固唾をのんで見守ったほど。かくも真っ正面から須川展也というサックス奏者を、かくも長時間にわたって聴いたのは初めてだが、彼の柔らかな音楽性の中に密やかに息づく高度な技術とサックスの魅力を再確認できたことは、ジャズのサックスこそ最も輝かしいサクソフォンだと信じて疑わなかった私にもかけがえのない午後のひとときだった。かくして、約3時間に及ぶ須川展也の30周年記念コンサートの幕が下りた。


悠 雅彦(ゆう・まさひこ)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.