Concert Report #689

シャルル・デュトワ&ボストン交響楽団来日公演

2014年5月10日(土)18:00開演 サントリーホール
Reported by 藤原 聡
Photos by 林 喜代種

指揮:シャルル・デュトワ
演奏:ボストン交響楽団

モーツァルト:交響曲第38番二長調K.504「プラハ」
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

 欧米の一流どころのオケであれば大概は数年おきに来日する昨今だが、ボストン交響楽団(以下BSO)の「15年ぶり」というのは本当に久しぶりである。これだけ来日が遠ざかったのは、恐らく前任の音楽監督だったレヴァインの体調の問題であろう。その久々の来日を、当初はかのロリン・マゼールが率いるはずであったが、聞くところによると足の怪我に見舞われて降板を余儀なくされ、ちょうど休暇中であったデュトワがピンチヒッターを快諾したとの由。そのデュトワ&BSOの来日公演、サントリーホール2公演を聴くことが出来た。ここでは5月10日の演奏をメインに触れていく。
 1曲目はモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」。まずは、BSOのふくよかで優美な弦の音色に陶然とする。なんと言う美感。管楽器群も抜群に上手く、中でも木管楽器に今でも独特の音色が残っているのに驚く。ファゴットの音が特に個性的で、バソン風である。この辺りは、ミュンシュが植え付けたフランス的な味わいがしっかりと受け継がれているということなのか(ちなみにオーボエのトップは若尾圭介)。デュトワの表現自体に取り立てて特別な個性はないが、何せデュトワである。生き生きとしたリズムの妙、細やかなニュアンスと音の美しさは、幾らBSOと言えどもこの指揮者なしでは出てこないものであろう。大編成のモダン・オケで今日聴ける最高の演奏と言える。
 そして後半はマーラーの交響曲第5番。デュトワとマーラーの取り合わせ。いささか意外ではあるが―マゼールの代役としての登場でなければ、恐らくこの曲はプログラムに入れていなかっただろう―、デュトワはこの曲を1997年6月にN響と演奏している。N響とは他にも「巨人」や「千人の交響曲」も演奏しており、非常な名演だったと聞く(筆者は未聴)。果たして、今回のマーラーは想像を遥かに超えた凄いものであった。音に力感と確信、熱気が満ちている。「オーケストラの魔術師」デュトワであるから、オケの交通整理は見事だろう…、などといういささか斜に構えた姿勢はあっという間に是正される。テンポはデュトワとしてはかなり遅い。しかし、音楽は実にしなやかで明るく粘らない。アゴーギクも駆使せずに、旋律性を重視した演奏となっており、または音楽がどれほど激情しようとも整然としたかたちは崩れない。その意味では、いわゆるマーラーらしいマーラーでは全くなく、デュトワ流が前面に押し出されている。しかし、その「デュトワ流」が、表面を整えるという次元を遥かに超越して、何か憑かれたような表現性を帯びている。演奏している曲がマーラーだからなのか、デュトワが(BSOの実力との相乗効果で)いつも以上の力量を発揮したのかは分らない。それにしても、BSOの実力は凄まじい。SNSなどで話題になっていた主席トランペット(トーマス・ロルフス)の尋常ではないパワー、ホルンの咆哮、腹の底に響き渡るトロンボーンの底力、前述の通り木管群の各奏者の「キャラの立ち方」(筆者はこの前日の9日にもBSOを聴いたが、「幻想交響曲」でのイングリッシュホルンとESクラリネットの上手さには舌を巻いた)、そしてアメリカのオケには珍しいふくよかな弦楽器。依然としてBSOは名門中の名門であるとの認識を持った次第である。
 マーラーの終演後、沸きに沸くサントリーホール。オケのメンバーも大きく足を踏み鳴らし、かつ「本気の」拍手でデュトワを称える。確かにマゼールであればまた違った一癖も二癖もある名演となっただろうが、結果としてデュトワ&BSOの来日公演は大成功だったのではないか。


藤原 聡
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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