Concert Report #692

マティアス・ゲルネ
シューベルト三大歌曲集連続演奏会

2014年5月13日(火)〜15日(木) 紀尾井ホール
Reported by 藤堂 清
Photos by 林喜代種

曲目

5月13日
シューベルト: 歌曲集「美しき水車小屋の娘」D.795 Op.25
  ヴィルヘルム・ミュラーの詩による連作歌曲集
5月14日
シューベルト: 歌曲集「冬の旅」D.991
  ヴィルヘルム・ミュラーの詩による連作歌曲集
5月15日
ベートーヴェン: 歌曲集「遥かなる恋人に寄す」Op.98
  アロイス・ヤイテレスの詩による連作歌曲集
シューベルト: 歌曲集「白鳥の歌」D.957より
  H.F.L.レルシュタープの詩による歌曲
(6曲目に「秋」D,945を追加)
シューベルト: 歌曲集「白鳥の歌」D.957より
  ハインリヒ・ハイネの詩による歌曲

バリトン:マティアス・ゲルネ
ピアノ:アレクサンダー・シュマルツ

シューベルトの三大歌曲集を一気に歌う機会が持てるということは、それ自体、その歌手の力量に対する大きな評価だろう。
オーストリアのシュヴァルツェンベルクで毎年夏に行われているシューベルティアーデ音楽祭では、6月から8月にかけて20〜30回の歌曲の夕べが行われており、三大歌曲集はほぼ毎年取り上げられてきているが、ある年の三大歌曲集が一人の歌手に任されることはそれほど多くない。そういったなか、2009年のこの音楽祭で、マティアス・ゲルネはクリストフ・エッシェンバッハのピアノとともに三大歌曲集による歌曲の夕べを行っている。
ゲルネは2007年の来日公演でも三大歌曲集による三晩のコンサートを行っており、今回は私にとって二度目の体験となった。
1967年生まれのゲルネ、体が楽器である歌手にとって、音楽面での経験の積み重ねと声楽的な技術が良い調和をうむ時期にきていると言えよう。彼の声は会場全体をその響きで埋めるような印象で、顔の向きや体の向きをどんなに変えようが、その響きは聴き手を包み込んでくれる。そういったある意味全方位的な厚い響きにもかかわらず、歌詞は明瞭に聞きとることができる。
第1夜の『美しき水車小屋の娘』、前回はブレスの驚異的な長さを活かし、全体的にゆったりめのテンポで歌っていたのだが、今回は出だしは早めに歌いだした。それだけでなく、息継ぎを頻繁にいれるかのようにフレーズを短めに切ることが目立った。息が短くなってきたのかとも考えたが、後半に入ると、ゆったりとした歌い方へと変えていき、最後の「小川の子守歌」では会場全体が濃密な空気に包まれたように感じられた。娘と出会い、彼女の心を得た喜び、ライバルの登場と失恋、といったストーリーを持つこの歌曲集、7年前とは異なるアプローチを意識的にとったということだろう。
第2夜の『冬の旅』にはそのようなはっきりとしたストーリーの流れがあるわけではなく、曲ごとに異なる心象風景が描かれている。ゲルネの歌い方はその一つ一つを分析し音にしているように感じられた。歌曲集全体を通じた流れではなく、曲ごとに完結した歌の集まりを聴いたという印象が残った。
第3夜は、ベートーヴェンの連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』と『白鳥の歌』のレルシュタープの詩による歌曲を前半とし、後半にハイネの詩による6曲を歌うという構成で、これも前回と同じ。ベートーヴェンは曲の間をあけずに演奏されることもあり、少し長めの1曲の中に起伏があるといった感じであった。『白鳥の歌』はもともと歌曲集として構想されていたわけではない。その意味では、曲ごとにあるいは節ごとに細かな表情付けを行っても、その曲の世界に閉じたものであり、次の曲を聴くときは白紙の状況でのぞめる。一聴衆としては、ゲルネの与えてくれる世界を味わうには一番よいものであった。「アトラス」、「影法師」といった歌での振幅の大きな表現は、バリトンの第1人者であることをはっきり教えてくれた。
正直なところ、マティアス・ゲルネは私にとって苦手な歌手の一人である。曲の中でもテンポを大きく変えたり、極端にゆっくりした歌い方をしたりというところが、どうも好きになれない。ただ実演で聴いて感動したことは一回はある。ピアニストのピエール=ロラン・エマールと共演し、ベルクとシューマンを歌った2009年のリサイタル。エマールのピアノのがっちりとした構成に支えられ、ゲルネの長いブレスや細やかな言葉遣いが骨組みを得たように感じられた。それと比較すると、アレクサンダー・シュマルツは伴奏ピアニストとして歌手に合わせる能力は高いのだろうが、全体を見渡す力には欠けるように思う。録音では、エッシェンバッハ、レオンスカヤといったピアニストと共演しているのだから、実演でもそういった音楽的な骨組みを作れる人と共演してくれればと思う。


藤堂 清 (kiyoshi tohdoh)
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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