Concert Report #697

ミハイル・プレトニョフ ピアノ・リサイタル

2014年5月29日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 丘山万里子
Photos by 林 喜代種

<曲目>
F・シューベルト:ピアノ・ソナタ第4番 イ短調Op.164 D.537 、ピアノ・ソナタ第13 
 番 イ長調Op.120 D.664
J.S.バッハ:イギリス組曲第3番 ト短調BWV.808
A.スクリャービン:24の前奏曲Op.11

<アンコール>
A.スクリャービン:エチュードOp.2-1

 1978年チャイコフスキー国際コンクールに21歳で優勝したプレトニョフは、その後、指揮者、作曲家としても活躍を続けたが、2007年からはピアニストとしての活動を停止していた。復帰は日本のピアノShigeru Kawaiと出会ったことがきっかけとのことで、9年ぶりの来日公演は協奏曲とリサイタル。そのリサイタルを聴く。
 Shigeru Kawaiの響きは、スタインウェイなどにくらべ、ウェットだ。それが、後半に置かれたスクリャービンの音の万華鏡にはぴったりで、細心のペダリングによるにじみとぼかしが見事な音の綾を織り上げ、耳を陶然とさせた。コサックのショパンと呼ばれた若きスクリャービンの『前奏曲』全曲にしたたるロマンと幻想性がかぐわしくたちのぼり、翼をひろげる。朝露が葉先からほろほろとこぼれるようなワルツ風第2曲、16歳のときに書かれた第4曲レントのまさにショパンを思わせる清白な抒情、透きとおった高音がきらきらと輝きながら降ってくるパッセージがとりわけ美しい第8曲、プレストでの低音を逞しく鳴らした第14曲、第21曲アンダンテのぽとぽと落ちてくる繊細きわまりない音のしずく、最後の第24曲堂々たるプレストなど、多彩な言葉でつづられる詩をていねいに編み込む。一音一音に自身の作曲家としてのまなざしをあてた緻密な音楽作りでスクリャービンのピアニズムを浮き彫りにしてみせた。
 前半のシューベルトのソナタ『第13番』も素晴らしかった。まろやか、かつ、粒立ちのよい音で、草花が咲き乱れる野道を歌いながら歩いてゆく風情の第一楽章。ときに瀬音高らかな小川の傍らを通り、日陰に湿った森の吐息を聞き、と思うと差し込む陽光にまばたきするような心楽しい散歩だ。シューベルトの魂の最も敏感な部分にそっと触れてゆくようなアンダンテ楽章から一転、稚魚がぴちぴち跳ねとぶアレグロまで、21歳のシューベルトのしなやかな感性が活写された。バッハは自在なアゴーギグのなかに生き生きした律動が流れを刻む。とりわけ左手が音楽のフォルムを端正に伝えた。
 4月に聴いたプレスラーがピアニシモとフォルテの間で音楽を創っていたように、プレトニョフも叫ばず騒がず、限定されたディナミークの幅のなかで奥深い表現を生み出す。自分はヴィルティオーソではない、と語るプレトニョフは音楽家としての成熟を確実に我がものとしているようだ。


丘山万里子
東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に「鬩ぎ合うもの越えゆくもの」「からたちの道 山田耕筰論」(深夜叢書)「失楽園の音色」(二玄社)、「吉田秀和 音追い人」(アルヒーフ)、「波のあわいに」(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.