Concert Report #701

ジェシ・ヴァン・ルーラー& トニー・オーヴァウォーター デュオ
ハイレゾ・ライブレコーディング コンサート
Jesse van Ruller & Tony Overwater Duo

2014年6月6日
@ Rhapsody in Hilversum、Netherlands
ラプソディー/ ヒルバーサム、オランダ
Reported by Atzko Kohashi 小橋敦子
Photo /Courtesy of Rhapsody Audio

Jesse van Ruller ジェシ・ヴァン・ルーラー (guitar)
Tony Overwater トニー・オーヴァウォーター (bass)

Rhapsodyオーディオ Tony OverwaterとJesse van Ruller 至近距離のステージ

アムステルダムから南東24キロ程にあるヒルバーサムHilversumはオランダの主要テレビ局やラジオ局、放送プロダクション、オランダ放送協会などの本部があるオランダのメディアの中心地。メディアパークと称される一大メディア地区にそのほとんどが集まっているのだが、閑静な住宅街の中にも録音スタジオが点在し音響関係者の集う街である。ここヒルバーサムのオーディオショップで時々ジャズのホーム・コンサートが行われていると聞いていたが、先日ついに参加する機会を得た。

今回はギターのジェシ・ヴァン・ルーラー(Jesse van Ruller)とベースのトニー・オーヴァウォーター(Tony Overwater)のデュオ。ジェシ・ヴァン・ルーラーは、地元オランダはもとよりヨーロッパ・米国でも評価の高いギタリスト。日本でも彼のファンが多く来日経験も豊富だ。一方のベーシスト、トニー・オーヴァウォーターはストレートアヘッドジャズからアヴァンギャルドまでこなす幅の広いプレイと確かな技量で定評がある。この二人のデュオが聞けるチャンスはめったにない。それもオランダでトップクラスのハイエンド・オーディオショップ、ラプソディー(Rhapsody)主催のプライベート・ホームコンサートで、当日はコンサート演奏のライブレコーディングまで行うというから、興味シンシン出かけていった。

ラプソディーはオーディオショップとはいえ、静かな住宅地の中にひっそりと佇む一軒家だ。オーナーの一人、ハリーの自宅の一階がオーディオショップになっている。玄関に入るなりイタリア製のスピーカー、デンマーク製のターンテーブル、米国製のアンプにカナダ製の・・・と世界各国のハイエンド・オーディオ機器がずらりと並んでいる。最近話題の日本製TADの機器まであるから驚く。横の部屋では音響エンジニアが今夜のレコーディングに備えて録音準備中。モニタースピーカーからはすでにリハーサルしているデュオの演奏が流れている。会場になる奥のリビングルームには高級オーディオに囲まれるようにして40程の椅子が並べられているが、すでにほぼ満席。私はかろうじて一番後ろの数百万円もするオーディオ機器の隣の席に座ることができた。ホーム・コンサートだからジャズクラブやホールとは違ってカジュアルな雰囲気だ。聴衆は音楽愛好家(ジャズに限らず)とオーディオマニアだが、大半が男性で女性は私を含めてほんの数人。こういうファン構成は洋の東西を問わないようだ。


Jesse van Ruller Tony Overwater リビングルームの観客席

さて、至近距離ライブステージでVan Ruller-Overwater のデュオが始まる。いわゆる「息の合ったデュオ」ではなく時折、違和感さえ感じさせる二人のプレイで、両者が凌ぎを削るソロを聴かせる。二人の個性の違い、大小の弦楽器、曲へのアプローチの違いが強調されるスリリングな演奏で、全くの予想外だ。ジェシ・ヴァン・ルーラーは様々なグループで活動しているが、型にはまらない自由さが魅力のギタリスト。(日本で知られているのとは少々違った面も持っている。)その自由さはバンド編成やレパートリーの選択、演奏のリズムやハーモニーにも表れるが、共演者が誰でも、どんなスタイルの音楽でも自分の持ち味を生かすことのできるプレイヤーだ。一方のトニー・オーヴァウォーターは変幻自在にベースを操り自己主張するタイプ。ギターとベースのデュオの場合、サポートに徹してギタリストにステージを預けるベーシストが多いが、彼は全くギタリストと対等に渡り合う。チャーリー・ヘイデンを連想させる奔放さとヨーロッパには珍しいNYジャズのテイストを持つベーシストだと言っても良いだろう。ブルースでは二人が闊達に語り、Norwegian Woodではハーモニアスに、What’s Newでは内省的に、そして自由奔放なCaravan・・・と、二人の演奏のコントラストが面白い。「僕らの今の演奏はこの時この場限り」とばかりに繰り広げられるプレイに、観客は大いに盛り上がった。


室内のオーディオ機器 録音エンジニアFrans de Rond RhapsodyオーナーのHarryとMichael

同時進行中のライブレコーディングは24bit/192kHz のハイ・レゾリューション・レコーディング。近頃、巷で騒がれ始めている「ハイレゾ」だ。リスナーの間にCD離れが進みパソコンやスマートフォーンなどでMP3音源を聴く人が増えて来たが、一方で、CDよりもさらによい音、高音質のファイルフォーマットを求める人々も増えつつある。ハイレゾ・レコーディング自体はすでに十数年前からスタジオレコーディングの現場で行われて来たが、CD化する際に16bit/44.1kHz に落とすので音質に差ができる。近年ネットワークプレイヤー、ストリーマー、DACをはじめ様々なハイレゾ対応機器が登場し、マスター音源を高音質のままWAVやFLACなどのファイル形式で各自がダウンロードできる環境が整ってきたことがハイレゾブームに拍車をかけた。オランダでも注目を浴びつつあって、今回の録音エンジニア、フランス・デ・ロンドもこのニーズに合わせたハイレゾ音源のレコーディングに忙しい。最近ハイレゾ音源制作会社 Sound Liaison を立ち上げたばかりという彼はレコーディングからミキシング、マスタリングまで一貫して一人で行う。全行程に責任を持つのが彼の主義で、正真正銘のピュアなハイレゾ録音にこだわる。今回の録音にはNeumann SM69, Neumann M149, JZV67, Neumann TLM170, Audio Technica AT8040のマイクロフォンを使用。Neumann SM69はステレオコンデンサーマイクだが、それ以外にギター、ベースにそれぞれ2種類のマイクを使って録音し、二通りの音質で録っておいてミキシングの工程で吟味してより適したサウンドの方を選ぶそうだ。(*Neumannはベルリンに本社がありヒットラーが演説で使用したのも同社のマイクだったそうだ。)ハイレゾ・ライブレコーディングには、マイク、プリアンプ、インターフェース、コンピューターが揃っていれば可能で、通常のライブレコーディングに比べて、それほど手間がかかわるわけではないという。

「でも音楽はライブが一番!僕はライブステージを聴くのが一番好きだ。この場でしか味わえないミュージシャンの呼吸やエネルギーが直に伝わってくるからね。どんなにハイレゾだ、高音質だと言っても、この興奮は録音では伝えきれない。だけどこの場に居合わせた証人として、できる限り現場に忠実な音に再現するのが僕の仕事。それはライブに限らず、スタジオレコーディングでも心がけてるけどね」とフランス・デ・ロンドは言う。ラプソディー・オーディオの共同経営者、ハリーとミシェルが続ける。「僕たちはオーディオマニアのお客さんたちにライブの面白さを味わって欲しいんだ。ハイグレードのオーディオシステムで生音を再現するといっても本当の音を知らないんじゃ意味がない。それにハイレゾ、高音質と言いながら、何がハイレゾなのか、実際レコーディングがどういうものなのか知らない人がほとんどだ。こうやってライブ演奏とレコーディングを同時進行して体験してもらうことで自分たちが今聞いたばかりの音がすぐに再現できるから、何がどんなふうになったのかがよくわかる。それに何よりミュージシャンとの距離が縮まって、音楽がより身近に感じられるはずだ」と言う。 今回のライブレコーディング・オープンコンサートはオーディオショップと録音エンジニア、そしてミュージシャン、リスナーによるコラボレーションということになる。

関連リンク: 
Rhapsody Audio: http://www.rhapsody.nl/
soundliaison: http://www.soundliaison.com/


小橋敦子: こはし・あつこ。
慶大卒。ジャズ・ピアニスト。翻訳家。エッセイスト。在アムステルダム。http://www.atzkokohashi.com/

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