Concert Report #706

Bunkamura 25周年記念
リヨン歌劇場来日公演
オッフェンバック『ホフマン物語』

2014年7月7日 Bunkamura オーチャードホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林喜代種

指揮:大野和士
演出・衣裳:ロラン・ペリー
台本構成/ドラマトゥルク:アガット・メリナン
管弦楽・合唱:リヨン歌劇場管弦楽団+合唱団

【キャスト】
ホフマン:レオナルド・カパルボ
オランピア/アントニア/ジュリエッタ/ステッラ:パトリツィア・チョーフィ
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット:ロラン・アルバロ
ミューズ/ニクラウス:ミシェル・ロジエ
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:シリル・デュボア

 Bunkamuraの25周年の記念公演。リヨン国立歌劇場の首席指揮者として5年、オケやコーラスと息をぴたりと合わせた大野和士の、会心の演奏を聴くことができた。

 『ホフマン物語』は、作曲者が未完のまま亡くなったこと、さらに、没後ほぼ1世紀を経て大量の草稿が発見されたことで、上演時に何を底本とするかがまず課題となり、それによって作品の相貌が大きく異なってくる問題作である。今回の上演は、リヨンと、バルセロナ・リセウ大劇場およびサンフランシスコ歌劇場との共同制作によるもので、音楽学者ケックの校訂版を底本とした最新の上演。レシタティフならびに音楽も、作曲者オッフェンバックの原意により近いものに置き換えられたものだという。全編にわたり、美しく変化に富んだメロディがこれでもかと続き、長丁場をまったく飽きさせない、オッフェンバックのエンターテイナーとしての才覚、イマジネーションの豊かさを改めて再認識した。

 まず開幕、オケのまろやかで繊細、抒情的な響きに、はっと胸を打たれる。なんという瑞々しさ。音楽する喜びが充ち満ちている。そして合唱のフランス語の柔らかく甘やかな響き。聴きにきて良かった、とそれだけで思わせる力があった。

 ただ残念ながら、ステッラをはじめ4人の女性を出ずっぱりで歌いわけるパトリツィア・チョーフィは、疲労がありあり。声に張りと艶がなく、響きが伸びない。最高音域の箇所など、とにもかくにもきっちり出すことを最大の目標に、綱渡りの演唱だったのではないか。しかし筆者は非常に感心させられたのは、声の状態を自覚していたチョーフィが、初めから声を捨てていたこと――というのは妙な表現かもしれないが、声がだめならそれ以外の要素を駆使して、いかに説得力をもって役を演じきるか、お客に納得してもらうかにシフトしていた。狭くなってしまったダイナミック・レンジだが、その範囲をフルにつかって感情のメリハリを表現し、細やかなニュアンスを丁寧に、確実に表現していく。オランピア、アントニア、ジュリエッタと、三様の女性を見事に生ききって、声のなさを不満に思わせない力業であった。ベテランの歌唱技術と確かな演技力、プロフェッショナルな取り組みに、惜しみない拍手を送りたい。

 当夜の歌手で特筆すべきは、リンドルフほかを演じたロラン・アルバロ。カーテンコールで最も盛んな喝采を受けていた。尻上がりに調子をあげ、滔々と溢れるような底光りする声は、特にアントニアの幕では劇場全体を圧倒していた。対するチョーフィも、この声に抗して一歩も引かないのだから、さすがである。火花の散るような歌手たちの丁々発止のやりとりに、雄弁なオケがさらに火を注ぎ、めくるめくような緊迫感あふれるシーンとなった。まさにオペラの醍醐味である。長く忘れられないひと幕になるだろう。

 タイトルロールのホフマン役は、この日は若手のレオナルド・カパルボ。ミューズ/ニクラウスのミシェル・ロジエもそうだが、健闘はしていたし、はっと魅入られる瞬間もあったのだが、この人ならではの声と存在感を聴衆の脳裏に刻みこめたか、どうか。シリル・デュボアは、コミカルな立ち居振る舞いを巧みにこなし、随所で存在感を発揮。召し使いフランツのソロは見事だった。

 最後に、ロラン・ペリーの演出に触れておく。簡素で象徴的な美術と装置をはじめ、オーソドックスとも言えるやりかただが、そこにセンスの良さとバランス感覚、物語への深い読みを感じさせるのは、やはり只者ではない。演出がまず観客の耳目を集めることを狙った舞台の多い昨今だが、あくまで演出は控えめに、歌手とオケ、物語と音楽を前面に押し出す姿勢に、非常に好感を持った。コミカルな場面ではくすりと笑わせる遊び心が随所に光り、不気味な場面では、ことさらにおどろおどろしい手法をとらず、壁に長く伸びる影や、階段、映像などを巧みに使い、確実に不安感をかきたてる。
 ただ、一つだけ不満を言うとすると、終幕、横たわったままのホフマンに、ミューズが寄り添うシーン。ミューズの衣裳・ヘアスタイルや、寄り添う立ち居振る舞いに今すこし神聖さ・崇高さがほしかったし、できれば二人とも、顔を上げて幕切れとしてほしかった。

 ソリストだけを見れば、もっと良い上演はさまざまあるだろう。にもかかわらず、見終わったあとの充足感・幸福感は大きかった。オケがこれほど雄弁かつセンスの良さを感じさせるオペラ上演は珍しい。ぜひまた違う演目で、大野和士のオペラを聴いてみたい。

佐伯ふみ
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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