Concert Report #707

ホー・シーハオ/チェロ・リサイタル

2014年7月8日 よみうり大手町ホール
Reported by 悠 雅彦

1.愛の言葉(ガスパール・カサド)
2.スペイン民謡組曲より(マヌエル・デ・ファリャ)
3.イタリア組曲(イーゴリ・ストラヴィンスキー)
4.コズミック・ハーモニー〜チェロとピアノのための(一柳慧)
----------休憩----------
5,ソナタイ長調〜チェロとピアノ編(セザール・フランク)

ホー・シーハオ(チェロ)
鳥羽亜矢子(ピアノ)

 未完成とはいえ、ホー・シーハオはスケール豊かな、豪快さを身上とするような弾きっぷりを印象づける器の大きなチェロ奏者だった。
 上海生まれ(1993年)の長身痩躯の中国のチェリストは物怖じする様子もなく、冒頭から一気呵成に弾いて臆するところがない。恐らくは日本デビューと思われるこのコンサートで鳥羽亜矢子を伴って登場したシーハオは、ガスパール・カサドの「愛の言葉」を皮切りに、高い技量を要求される楽曲の数々を手品を繰り出すように演奏していった。
 カサドの割と知られた小品で劈頭を飾ったのはいうまでもなく、2006年からは東京の八王子で催されるようになった<ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール>の生みの親、ガスパール・カサドに敬意を表してのことゆえだろう。昨年行われた第3回コンクールで30余名の出場者中、第1位に輝いたのがこのシーハオだった(ミッシャ・マイスキーもウィナーとなったこのコンクールは、カサドと妻の原智恵子とがフィレンツェで始めた。2001年の原の死去で途絶えたものの、八王子市民の手で復活した。市民が運営する世界でも稀れなコンクールである)。
 カサドの小品に始まり、いずれも高度なテクニックが求められるファリャの「スペイン民謡組曲」(ムーア人の織物、ナナ、カンシオン、ホタ)と、ストラヴィンスキーの「イタリア組曲」(前奏曲、セレナータ、アリア、タランテラ、メヌエットとフィナーレ)を一気呵成に演奏した弾きっぷりの切れ味シャープなシーハオの演奏は、外見的には静的な風情を漂わせるものの、内実的には正反対に極めて動的な情緒性を感じさせた。たとえば、「イタリア組曲」の「タランテラ」における激烈な弾奏と甘美ですらあるメロディーとの対比が、強い印象をもたらしたのも彼の奏法の特質ゆえだろう。
 しかし正直に申せば、前半の掉尾を飾った一柳作品と、後半のフランクのソナタが確かな手応えを感じさせる演奏だった。特に、フランクのソナタ。オリジナル楽譜にはヴァイオリンまたはチェロのための作品と書いてあるそうだが、チェロでこの曲を聴く機会は余りない。というより、私などは一度だけラジオから流れるチェロ演奏を聴いたことがある程度で、今回は初めてじっくりチェロ演奏によるフランクのソナタを聴く貴重な機会となった。一言でいって力演といってよいが、第1部で感じられたような硬さや力みがなく、それだけ情感がナチュラルに流れる滑りのよさが演奏を引き立たせた。なるほど作曲者がヴァイオリンとチェロのどちらでもよいと指定した理由がよく分かった。シーハオの場合は低域の音に迫力があるためか、ヴァイオリン・ソナタとはまたひと味違った魅力が感じられて印象深かった。力みがいい意味で発揮されて作品を止揚させることに成功した一柳慧の「コスミック・ハーモニー」とは対照的ながら、力みがとれた伸びやかでドラマティックな表現意欲が全編に横溢した好演と聴いた。
 アンコールは最初が「ツィゴイネルワイゼン」(サラサーテ)で、締めくくりが「白鳥」(サンサーンス)と、これまた対照的。チェロをヴァイオリンのように弾くことと、正反対にカンタービレ奏法を対比させることとが彼の狙いかもしれないし、もしかすると彼なりの茶目っ気の現れなのかもしれない。間違いないのは、それがシーハオの1つの流儀だということだろう。とはいえ、「ツィゴイネルワイゼン」をチェロで聴くのは私は初めて。ヴァイオリンならではのあの後半の超絶技巧をヴァイオリン並みに発揮できるかどうかもさることながら、こうした試みに挑戦する彼のチャレンジ精神だけは持ち続けてもらいたいものだ。で、結果はどうだったかって? いやいやヴァイオリン奏者顔負けといいたいぐらい鮮やかな弓さばきで見事に弾き切った。だからこそ締めくくりの「白鳥」の演奏が生きた。水が滴るような鮮度のいいメロディー。よみうり大手町ホールの素晴らしい音響がチェロならではの彫りの深い音像に親しく寄り添うかのようだった。


悠 雅彦
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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