Concert Report #711

亀山香能・箏曲リサイタル〜江戸のヒットメーカー山田検校を聴く

2014年7月20日 北とぴあ・さくらホール
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)
写真提供:亀山香能(リハーサル時のものです)

1. 小督の曲
  亀山香能、岸辺美千賀(箏)、鳥居名美野(三絃)、善養寺恵介(尺八)
2. 熊野
  小早川修(謡)、亀山香能(箏)、山登松和(三絃)、福原 徹(笛)、山下名緒野、山木七重、木村伶香能、樋口千清代、田中奈央一、千葉真佐輝(三絃)
   ------------------- 休憩 -------------------
3. 長恨歌曲
  上村和香能、佐々木千香能、中 彩香能(箏)、亀山香能(三絃)
4. 葵の上
  竹下景子(朗読)、花柳琴臣(舞踊)、亀山香能(箏)、藤原道山(尺八)、福原百之助(囃子)

昨年は芸歴60年を迎え、今年はついに紫綬褒章を受章するにいたった亀山香能は、現代の山田流箏曲を担う大ヴェテランではあるが、逆に年を経るごとに若返っていくかのような溌剌とした演奏活動を展開している印象が強い。たとえば去る6月16日(紀尾井小ホール)、みずからが主宰する奏心会の<“今”を語る古典>と題したコンサートで、上田美恵子と組んだ藤井凡大の「二つの個性」と新たな視点に立つ再構成を施した光崎検校の、三絃から箏曲へのステップアップを図った名品「五段砧」を俎上にのせ、極めて意欲的な例会とすべく若々しい視点を持ち込んだプロデュースと演奏に奏功してみせた。
それから僅か1ヶ月を経て披露したのがこのリサイタル。奏心会とこの演奏会との間がたった1ヶ月という慌ただしさもさることながら、プログラムを一瞥して驚いた。仰天したと言いたいくらい。冒頭に掲げた演奏曲目でお分かりのように「小督曲」(こごうのきょく)、「熊野」(ゆや)、「長恨歌曲」(ちょうごんかのきょく)、「葵の上」(あおいのうえ)といえば山田検校の傑作箏曲であるばかりでなく、箏曲として屈指の大作であり、流祖の”四つもの”(奥四曲おくよつもの)として箏曲愛好家には宝物のような作品。この奥四曲をたった1度の演奏会でさらった例が過去にあったのかどうか知らないが、少なくとも私は耳にしたことがない。畑の違う例でいえば、オーケストラがベートーヴェンの交響曲第3、第5、第7、第9を一挙に演奏するようなもの。コンサートの案内役を始め本公演の運びに当初から深く関わった野川美穂子さんが「山田検校が目指した理想の箏曲の結晶」(プログラム)と称えた “奥四曲” に、門下生をはじめ若手の演奏家を適材適所に配した起用で期待にこたえながら持前の情熱と芸の底力を発揮して聴く者に深い感銘を与えることに成功した亀山香能の演奏と健闘ぶりとを称えたい。これらの4曲を私も個別には過去に拝聴させていただいているが、とにかくこれらのいわば特別な大曲を4曲すべて一夜の演奏会で聴ける機会は今後もあるかどうかは分からない。ひとことで感想をまとめれば、このリサイタルに賭けた亀山師の、表向きは淡々としているものの、内に秘めた強烈な思いがまさに爆発したかのような、その意味で稀有な一夕ではあった。
亀山香能はこの「奥四曲」の中で、白楽天の「長恨歌」に基づく玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を山田検校が箏曲に移し替えた「長恨歌曲」以外はすべて琴(筝)を演奏した。山田流箏曲はそれ以前の生田流とは違い、琴が主要楽器として三絃を従えるかのように表舞台で活躍した江戸の情緒や気分を伝える箏曲であり、その最も典型的な新機軸として「熊野」と「葵の上」に導入した謡曲が示すように、筝による唄浄瑠璃とでもいうべき山田流箏曲の新しい世界が見事に花開いたことを象徴する傑作。流祖の「四つもの」の中でも私流にいえば謡曲の曲節までをも導入した音楽性と演劇的見せ場を象徴的に示してみせた先見性とで山田検校の最高作というべき逸品に、彼女は随所にご自身の考えや意気込みを込めたアプローチで新しい光をあてた。たとえば、「熊野」では山登松和が演奏する三絃(平宗盛)に自身の筝(熊野)を従わせるような演奏の運びを通して、6人の若手三絃奏者(おつきの従者たち)の三絃合奏を混じえた山田流三味線音楽の粋に仕立て上げたが、能(観世流)の歌詞(文の段の謡)を冒頭に配した演出といい、あたかも能の舞台を彷彿させる全出演者の迫真的演奏と舞台運びはすこぶる感銘深いものだった。
元禄の1800年前後は手事の確立といい、地歌の演奏で筝が三絃の原旋律とは違う独立した旋律を奏するようになったり、謡曲を取り入れた新しい箏曲や三味線音楽が大衆の心を捉えるなど邦楽の新機軸が軌道に乗ったころだったが、「葵の上」もそうした時代の流れが生んだ傑作といってよいだろう。光源氏の正妻、葵の上と六條御息所の葛藤を、生き霊となって葵の上に取り憑く御息所に焦点を当てた山田検校のこの「葵の上」は、今回は竹下景子の朗読(円地文子の現代訳)に加えて舞踊(花柳琴臣)、さらには藤原道山が尺八手付、福原百之助が囃子(笛作調)で脇を固めるという、芝居仕立て(亀山香能)のドラマティックな構成と展開で、緊張感に富みながらも能や演劇の舞台を見る絵のような美のシンボリズムを味わうことができた。それにしても演奏時間約50分という大作ならではの長丁場を、亀山、道山、福原の3者は平然として演奏し終えた。驚くべき集中力!
最初の「小督曲」に触れるスペースがなかったが、高倉天皇と小督の恋が平清盛の怒りを買い(天皇の正室は清盛の娘)、悲恋に終わった寂寥感が数々の旋律に横溢するようだった。地歌の器楽的発達において大きな役割を演じた江戸浄瑠璃の当時の華やぎが現代に甦ってきたかのような懐かしさを覚えたのは私だけだろうか。
会場の北とぴあの<さくらホール>は1300人を収容する大ホール。亀山香能が北区に生まれ育った縁で区の文化振興財団(公益財団法人)と北区の共催となった。それにしても邦楽のコンサートで大ホールが満員なのには目をみはらされたが、ただ邦楽の演奏会がこうした大ホールで催されるのは音楽的クォリティからいって必ずしも万々歳とはいかない。私がホールに入ったときすでに空席がほとんどなく1階の最後尾席で聴くことになったが、音響的にはむろんのこと、紀尾井小ホールのような親近感にも恵まれず、音楽的にけっして充足すべき状態で聴くことはできなかった。むろんやむを得ないこととは重々承知の上で、もしもう少しこじんまりとした柔らかなホールで聴いたら感動はもっと大きかっただろうとの思いを抱かざるを得なかった。とはいえ、一邦楽ファンとしていえば、私の周りにいたご年配のご婦人たちが力一杯の拍手を送り、それなりに演奏を楽しみ、音楽を堪能していた姿を思い出すにつけ、北区の支援で初めて邦楽を聴く機会に恵まれた方も沢山おられたことを喜ぶべきだろう。亀山香能の素敵な山田流箏曲が多くの人々の心に灯した至福のひとときであり、彼らにとってまたとない一夕であったことは疑いない。

悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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