Concert Report #713

「作曲家の肖像」シリーズVol.98〈ビゼー〉

2014年8月3日 東京芸術劇場
Text by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

指揮/マルク・ミンコフスキ
演奏/東京都交響楽団
曲目/ビゼー:交響曲「ローマ」、「アルルの女」組曲第1番、第2番

最上級の音楽を聴かせてくれた「相思相愛」のミンコフスキと都響

日本のオーケストラではオーケストラ・アンサンブル金沢への客演はあったものの、ミンコフスキが都響を振ると聞いた時には驚いたものだ。結果を先に申し上げれば大成功だったと思う。今回のコンサートはたったの1度だけ、というのが実にもったいない!

1曲目のビゼー:交響曲『ローマ』では、まず冒頭のホルンの四重奏からミンコフスキと都響の作り出す柔らかくしなやかな響きに魅了される。この数日前にはインバルの指揮であの重量級のブルックナーを演奏していたのと同一楽団とは思えぬ響きだ。全体に、音の重心が高く、まるで羽のような軽やかさ。色彩感に富み、光のスペクトル分解のようでもある。表情は刻一刻と変化する。楽曲自体は筆者にはさほど馴染みがないのだが、正直申し上げて美しい瞬間はあれど全体としてはビゼーにしてはいささか霊感に乏しい気もするのだが、それでもミンコフスキは全く飽きることなく聴かせてくれ、約30分間があっと言う間である。この曲で、ミンコフスキが既に都響を完璧に掌握していることに驚く。オケの適応能力にも感服。

そして、後半は誰もが知る名曲の『アルルの女』第1&第2組曲。いわば耳タコの「通俗名曲」(最近この言い方聞きませんね)。元々筆者はこの曲が大好きではあるけれど、改めてこの演奏で曲の素晴らしさを再確認できた気がする。これ見よがしで大げさな情緒的表現は全くない。正に音楽それ自体に語らせるような演奏であるが、それがフレッシュ極まりない。第1組曲冒頭の<前奏曲>の快速テンポで軽やかなのに荘厳さも感じさせる不思議な感覚、他の演奏ではこういった印象は得られなかった。年老いたバルタザールとルノーが若き日を懐かしんで語り合う場面に流れる<アダージェット>では、抑えに抑えたピアニッシモの美しさに息を呑む他ない(第1組曲の<メヌエット>でも、主部の再現でのピアニッシモが実に印象的。関係筋の話では、ミンコフスキは全体にダイナミクス、特にピアニッシモにかなりこだわっていたとのこと)。<カリヨン>では、中間部での表情の移ろいが絶品である。フルート・ソロも全く素晴らしい(柳原佑介氏!)。フルートと言えば第2組曲での<メヌエット>、ここでも惚れ惚れする美しさ。微妙かつ絶妙なテンポの揺れ動きがただひたすらに音楽的。終曲<ファランドール>ではテンポはこの上なく速い。プロヴァンス太鼓を用いているがこれを敢えて抑え目にしているのが実に趣味が良い。熱狂的に盛り上がるも、そこには力ずくさは微塵もなく、柔らかいのだ。なんだろうか、これは。

筆者を含めた聴衆は、言うまでもなく大喝采をこの「名コンビ」(こう呼ぶのも早計ではあるまい)に浴びせまくる。この段階でまだ15:30位、定期演奏会枠ではなく日曜日のマチネーでの《作曲家の肖像》シリーズ、さらにはミンコフスキである。恐らくアンコールがあるのだろうと思っていたら『カルメン』前奏曲。これはかなりテンポが遅い。ふとカラヤンのテンポを思い出した(もちろん演奏内容は真逆だが)。これも関係筋情報では、「これがスペインのテンポだ」と言っていたとのこと。また、シンバルやトライアングルも控えめだったが、これも指示だったようだ。ここで会場の盛り上がりは最高潮に達する。ミンコフスキ、この後の何度目かのカーテンコールでコンマスの矢部達哉氏と二言三言。オケは慌てて楽譜をめくり始め楽器を構える。<ファランドール>の再奏! 想定外だったようだ。これが第1回目の演奏とはテンポもダイナミクスもかなり異なる、実に即興的な演奏になっていた! 終結部、指揮者はいきなり屈んだと思うとオケの音量がガクッと下がり、1回目にはなかった急速なアッチェレランドで幕。これには打ちのめされました。そして最後にはミンコフスキ&レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルのお約束、1、2、3で聴衆にお辞儀。多分これも即興で都響に振ったものだろう。正直ぎこちなかったですね(笑)。しかし、演奏者と聴衆がこれほどなごやかで一体化したコンサートは最近あまりなかった気がしますね。

ことほどさように、初共演でたった1度のコンサートではあったが、ミンコフスキと都響は既にして最上級の音楽を聴かせてくれたのだった。もうこの両者は「相思相愛」になってしまったのではあるまいか。次回の共演を心から切望します。

(付記)矢部達哉氏のツイッターによれば、ミンコフスキはイメージを伝えた後に、その音や響きを具現化してまるで絵のように見せてしまうのだという。矢部氏は実際に群集が見えたと思ってゾッとしたら、他の奏者から「さっき群集が見えましたよね?」と言われてやっぱり…と思った、とのこと。イメージの共有。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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