Live Report #714

藤井昭子/地歌 Live (第70回記念公演)

2014年8月17日 よみうり大手町ホール
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
写真提供:藤井昭子

1. 難波獅子
  藤井昭子/歌・三弦(替手)、奥田雅楽之一/歌・三弦(本手)
2. 八千代獅子
  藤井昭子/歌・三弦、高橋翠秋/胡弓
3. 越後獅子
  藤井昭子/歌・三弦、徳丸十盟/尺八
4. 御山獅子
  藤井泰和/歌・三弦、藤井昭子/歌・筝
5. 吾妻獅子
  藤井昭子/歌・三弦、山登松和/歌・筝、善養寺惠介/尺八

清流にそよぐ谷間(たにあい)を思わせるこのホールで地歌箏曲を聴けるとは。邦楽の楽器の生のトーンがどんな臨場感ある音色を生み出すだろうか。待ち遠しいくらいのワクワクする期待感に心弾ませながら開演を迎えたのは久しぶり。
さてご覧の通り、地歌箏曲の中で<獅子物/ししもの>として独特の地位を保っている作品を5曲並べたプログラム。『難波獅子』で藤井昭子の三弦がしっとりした低弦のつま弾きが耳に入ってきた瞬間、呟きにも似たピアニッシモの数音のそのクリアな響きに心奪われそうになった。三弦のみならず、『八千代獅子』での胡弓、『越後獅子』での尺八といい、みずみずしくも艶やかな、しかも清透感が行き渡った、何と気品豊かな音。それがホールを舞うようにして耳もとへかえってくる心地よさ。
ところで、地歌で<〜〜物>と称して楽曲をジャンル(区)分けしたまとめ方をしているのは学術的な基準によるものではない。歴史的な発展経緯に負うているとはいえ、学術的に裏打ちされた楽曲の整理に従ったものでもない。題材や楽曲の特徴に応じてさまざまな地歌楽曲をグループ分けする慣習が一般化し、この呼称が通り相場になった結果と考えればよい。長歌物やこれに属さない端歌物、あるいは歴史や伝統を背景にした浄瑠璃物や芝居歌物、さらには砧物など色々とあるが、その中で獅子物がユニークである最大の理由の1つは、17世紀半ば以降、地歌の様式的な発展に伴ってヴォーカル(地歌)の伴奏楽器だった三弦、筝、尺八の演奏そのものに大きな関心が注がれるようになり、その結果これらの楽器の器楽的な演奏手法が、とりわけ演奏者の得意手や演奏テクニックの見せ場や聴かせどころとなって人々を魅了するようになったことに始まって、かつ華やかな<手事物/てごともの>としての器楽的技巧の華が地歌の歴史的1ページを飾るにいたったからだろう。手事という器楽的演奏の粋や華が、三弦、筝、胡弓、尺八奏者らの精度の高い、生彩に富み、かつ気合の入った演奏を通して繰り広げられる喜びにいったん触れた人々は、器楽奏者の高度な演奏技法をさらに追い求めることになる。この図は、モダン・ジャズでいえば黎明期のバップ勃興期に盛んだったジャム・セッションでの主だったプレーヤーたちの演奏を思い起こさせる。段構造で成り立つ手事と、和声進行を通して表現世界を即興化するモダン・ジャズとは、演奏する姿勢や演奏技法の進化で高度な音楽的スリルが享受されるようになった点で共通するものがある。
京都に起こった三弦と筝による合奏曲を「京もの」というが、楽器の性能が異なる三弦と筝、あるいは尺八などが、それぞれに違った節(旋律ライン)を合奏することで生み出す手事の妙味は、300年以上も前から人々を惹きつけてやまなかったらしい。『八重衣』(石川勾当)などで手事の面白さに開眼した私にとっても、手事のスリルを堪能できる<獅子もの>で構成したプログラムは実に楽しみだった。
藤井昭子の<地歌 Live >がこの日はついに第70回。一口に70回というが、2001年にスタートして以来14年間にわたってこつこつと積み重ねてきた彼女の演奏活動に賭けた努力と情熱の賜物としか言いようがない。長い歴史の中で生み出されてきた地歌箏曲の古典に親しんでもらう場にしたいという彼女の一途な気持の発露ゆえであると同時に、彼女自身の言葉を借りれば「一番の修業の場である“本番の舞台”の必要に駆られた我がままな願い」を実現するためでもあった。彼女のそうした前向きな意気込みと地歌の伝統を守り続ける中でアーティストとしての自己を啓発しようとする強い意志を、地歌 Live (現在は東大前の「求道会館」で続行中)を聴くたびに感じ続けてきた私にもことのほか嬉しい。
この日の白眉は『越後獅子』と『御山獅子』。地歌Live の常連といってもいい徳丸十盟の尺八による越後のそよ風を思わせる流麗なラインと、藤井昭子の歌と三弦による角兵衛獅子の舞い演ずるかのような風情が、ひょうひょうと渡り合って越後の風景にとけ込む絵のような情趣を生む。以前彼女が筝の渡辺明子と組んだ演奏も印象に残っているが、記念すべき演奏会にかけたとでもいうべき意気込みが、演奏そのものを迫真的に燃え上がらせたかのような印象を生んだ好演ではあった。 
一方の『御山獅子』。京物の名曲を数多く残した菊岡検校による伊勢の獅子舞が思い浮かぶ1曲。これは彼女がこの日、実兄の藤井泰和と共演した唯一の1曲。三弦を奏することの多い彼女が筝に廻って兄と対話しあった演奏は、舞台にいったん立てば兄も妹もないとはいいながら、肉親の情を超えた真剣勝負に似た覇気迫る演奏には、ちょっとでも触れたらその瞬間に血が噴き出すかのような凄みというのか、平生の言葉のやりとりを超えた音の鋭い切れ味につい我を忘れて、歌(竹中墨子作詞)に描かれる伊勢神宮界隈の自然や獅子舞の情景を飛び越えて両者の丁々発止に引き込まれてしまったくらい。『越後獅子』の場合も例外ではなかったが、とりわけ高度な演奏技法で渡り合いながら雅びな情趣の表出を忘れない藤井兄妹の迫真的な<手事>には、感銘を超えて手に汗握ったほどだった。
最後が峰崎勾当の『吾妻獅子』。これがまた聴きものだった。伊勢物語における在原業平の東下りをもじった話自体が面白いのだが、それはさておくことにする。この曲はいわゆる「東獅子」として当時江戸でも人気だったらしく、明るく派手でにぎわい感のある山田流のレパートリーとして定着した歴史をしのばせるかのように、山田流の山登松和の筝が往時を偲ばせるかのように、音が闊達に飛び跳ね舞い躍るかのような演奏を展開し、生田流の藤井昭子の演奏との対照的な面白さを演出してくれた点で、実に面白みも味わいも深い3者のバトルとあいなった。
この地歌 Live には演奏者が演奏し終えたところで観客にご挨拶する慣例があり、ときに面白いエピソードを披露するゲストもいて一服の清涼味を呼ぶこともある。この日客席を和ませたのは徳丸十盟と藤井泰和。このホールには緞帳がない。そのため熱演を終えた奏者は居ずまいをくずすことなく退座しなければならない。立ち居振る舞いなど一挙手一投足が観客の目に入るという、その不都合さを逆手にとった藤井泰和のトークが笑いを呼んだ。そのトークの中で妹の精進を辛口の言葉ながら賞賛し、昭子さんが一瞬涙ぐんだ場面には、こちらも思わずほろりとさせられた。

悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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