Concert Report #716

三善晃/オペラ『遠い帆』

2014年8月23日 新国立劇場中劇場
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 佐々木隆二(Ryuji Sasaki)

作曲: 三善晃
脚本: 高橋睦郎
総監督: 宮田慶子
指揮: 佐藤正浩
演出: 岩田達宗
キャスト: 支倉六右衛門常長/小森輝彦、ルイス・ソテロ/小山陽二郎、
徳川家康/井上雅人、伊達政宗/金沢平、影/平野雅世
合唱: オペラ『遠い帆』合唱団、NHK仙台少年少女合唱隊
管弦楽: 仙台フィルハーモニー管弦楽団

仙台の人々の熱意の賜物でさらにこのオペラの持つ広がりと深さを了解

1999年仙台初演。新演出での再演プロジェクト始動の数日後、東日本大震災で被災した当地が、復興の歩みとともに実現させた2013年12月の仙台公演に続き、オーディションにより結成された市民合唱団、NHK仙台少年少女合唱隊、仙台フィルハーモニー管弦楽団ら、総力をあげての東京のステージ、14年ぶりの再演である。
1613年、仙台藩の命を受け、メキシコ貿易許可をとりつけるべくヨーロッパへ出帆した支倉六右衛門常長が、スペイン王臨席での受洗、ローマ法王接見にもかかわらず不首尾に終わり、キリシタン禁制となった故郷へ帰還する7年がかりの苦難の旅路とその終焉を1幕全20景、上演時間1時間強で一気にたたみかける。
幕開け「一つとや」の童声の数え歌は、終景「あんめんぜんすさんたまりあ」の祈りのなかに溶ける。『レクイエム』からはじまる三善の戦争3部作(1972〜84)の最後におかれた『響紋』の流れを汲む手法だ。「地上には権力者」「帆、帆、帆」「あなたは選ばれた」と叫ぶ合唱と、これに被るオーケストラは、『レクイエム』や『詩篇』に通底する。だが、言葉のメッセージはくっきりと立ち上がり、合唱はオケを凌いで強靭だ。そうして、第14景洗礼での「水に来よ」、第16景法王接見での「いと高きところにオザンナ」における清明な調性的合唱を復帰点として、前後の構造の対称性が明らかになる。
「暗い 暗い どこまでも」の合唱や、「慈しみ深い母の港」と歌われる月浦の終景でのくり返しなど、その対称構造は旅路の往還とともに明確だ。権力と民衆、武家社会とキリスト教世界。さらに第19景で影や合唱によって語られる「生まれてのち 確かなことは やがて死ぬ そのことだけ」に明らかな、人間の生と死。これらの二立項がこのオペラの軸をなすが、なかでも印象的なのは、六右衛門と、同道する宣教師ソテロの間に交わされる問いと答えの反転。往路、「夢を見ているのか」の六右衛門の問いは、帰路、ソテロの同じ言葉の問いとなる。ソテロに「夢ではない 確かな現実 私たちはできるだけのことをした それが受け容れられようと 受け容れられまいと それが何だと言うのか」と毅然と答える六右衛門に、不条理な運命の受容と人としての矜持が端然と示される。ここにこのオペラの核心がある、といっても良かろう。では六右衛門に託した三善の真情とはなにか。彼に何が見えていたか。
振り返るなら、初期合唱曲の傑作『嫁ぐ娘に』(1962)における反戦歌《戦いの日々》にすでに萌芽し、やがて『レクイエム』の2年前、『王孫不帰』(1970)で帰らぬ人への思いを吐露(ここでの能楽の書法はこのオペラでも採用されている)、さらに原爆をモチーフとした『夏の散乱』から『焉歌・波摘み』にいたるオーケストラ4部作(1995〜98)までの三善の不条理への<傷み>の精神史がここには見え隠れする。傷みを自分のものとし、不条理に向き合い、かつ、己を全うする、とは、どういうことか。
一方で、ピアノ曲『アン・ヴェール』(1980)で西欧と日本をつなぐ同じ海の命の韻をはじめて意識した彼の文化史もまたここには示される。パリ留学で思い知った<彼我>のへだたりとその溶解。彼我を超えて人は等しく同じ、命あるもの、死するもの。くりかえすが、終景の童声の「数え歌」と「さんたまりあ」の呼応は、その一つの象徴でもあろう。いわば、三善の精神史と文化史の全てが、六右衛門の旅路に重なっているのだ。
<傷み>は祈りによって光へ歩み、明日を照らす。<彼我>は畢竟、あなたと私だが、命はなべて継がれ繋がり、循環の螺旋を描く。我、とはそのように、不条理の波に洗われつつも、すべてにつながるひとつの海へと身をゆだね、天を仰ぎ見る精神の孤高を引き受けること。それが六右衛門、すなわち三善が旅路の果てに見た景色ではなかったか。
ソリストを取り囲む合唱の圧倒的迫力は、時代と社会とを常に担ってこのオペラを帆走させ、多彩な表情を与える。合唱オペラ、と言われるゆえんである。合唱団はよくこれを咀嚼、発声し、動いた。六右衛門、ソテロも健闘だが、影がオケに埋まって声が届かないシーンが多かったのは惜しい。オケは正直、やや荒削りで、もう少し絞るところは絞り込み、凹凸の起伏が欲しかった。新演出、操り人形を見せての権力の視覚化、白い仮面に黒装束の人々など説明補助的工夫があったが、終景で、地に倒れ込み童声に耳をふさぐ六右衛門にはいささか違和感が。最後に立ち上がり、後景へと歩み、振り返る所作も筆者には不明であった。
いずれにせよ今回の再演で、さらにこのオペラの持つ広がりと深さが了解できたのは仙台の人々の熱意の賜物。敬意を表したい。

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。本誌副編集長。

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