Concert Report #717

第35回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル

2014年8月17日〜30日 草津音楽の森国際コンサートホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

【曲目】
2014年8月29日(金)
「室内楽 若きR.シュトラウスと生まれ故郷ミュンヒェン/2つのロマンツェ」
C.P.E.バッハ:ソナタ ハ長調 Wq.149 H.573
R.シュトラウス:ロマンツェ 変ホ長調 TrV80
F.シュトラウス:海辺の思い(ロマンツェ)作品12(トロンボーン版)
R.シュトラウス:弦楽四重奏曲 イ長調 作品2 TrV95
A.ドヴォルジャーク:弦楽五重奏曲第3番 変ホ長調 作品97 B.180

2014年8月30日(土)
「クロージング・コンサート R.シュトラウス:「メタモルフォーゼン」 最後の音楽」
R.シュトラウス:ピアノ四重奏曲 ハ短調 作品13 TrV137
R.シュトラウス:メタモルフォーゼン TrV290(弦楽七重奏曲版:R.レオポルト編曲)
W.A.モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581

【キャスト】
パノハ弦楽四重奏団
クァルテット・エクセルシオ
岡田博美(pf)
クリストファー・ヒンターフーバー(pf)
ペーター・シュミードル(Cl)
ほか

含蓄に富んだプログラミングの妙と、ベテランから新人までの刺激的演奏

今年で35周年を迎えた草津音楽祭。出かける気になった最大の原動力は、そのプログラムである。メモリアル・イヤー(生誕150年)を迎えたリヒャルト・シュトラウスの、ふだんあまり演奏されない室内楽作品が目白押しに並ぶ連続コンサート。草津ならではの含蓄に富むプログラムを、いつものベテランから新顔まで、多彩なアーティストの刺激的演奏で聴くことができた。筆者が聴いたのは最後の2日間。特に印象に残った曲目と演奏家のみ挙げておく。

29日、まず聴きものは、R.シュトラウスとその父フランツ・シュトラウスの『ロマンツェ』の聴きくらべ。『海辺の思い(ロマンツェ)』はホルンの名手だった父の佳品だが、この日は日本初演というトロンボーン版での演奏(Trob:イアン・バウスフィールド)。それと対置されたのがR.シュトラウス15歳のクラリネット作品『ロマンツェ』(Cl:ペーター・シュミードル。Pfは2曲とも岡田博美)である。
なんという早熟な才能! 大オーケストラ作品ばかり取り上げられるR.シュトラウスだが、10代の室内楽作品のこの瑞々しい抒情はどうだろう? 音扱いの高度な技術も、まぎれもない彼ならではの音楽性も、すでにはっきりと刻印されているのである。プロデューサーの井阪紘氏がコンサート冒頭のトークで触れていたが、シュトラウスはその後、早くも20歳前後には指揮活動と大オーケストラ作品の作曲に邁進することになるのだが、もしも、室内楽作品も平行して書き続けていったなら、さぞ素晴らしい名作が生まれていただろう。
R.シュトラウス恐るべし、の印象をさらに決定づけたのが、次の弦楽四重奏曲(16歳の作。SQ:クァルテット・エクセルシオ)。解説の大木正純氏が書かれているように、これだけの作品がなぜこれまでほとんど取り上げられなかったのか疑問を感じるような、堂々たる4楽章であった。
後半は一転してドヴォルジャーク。音楽祭の講師・演奏家として今や欠かせない存在の、パノハ弦楽四重奏団の登場である(Vla にハンス・ペーター・オクセンホファーが加わる)。
冒頭、最初の和音を聴いただけで、繊細なニュアンスに富む豊穣な響きに、一気に心を奪われる。前半が「曲」の力で聴かせるプロなら、後半は「演奏」の力を知らしめるプロと言えようか。
ここが、この音楽祭の面白さであり、残酷さとも言える。さまざまな演奏家が一つの舞台に立つことで、その力量や音楽性が図らずも比較の対象になり、違いが露わになるのである。同じ弦楽四重奏、クァルテット・エクセルシオも健闘しているのだが、まず何よりも、一つのカルテットとしての年輪、そして彼我の音楽文化の年輪の違いが明らかである。そしてパノハの、いわく言いがたい、妙なるフレージング。これは日本人の演奏家からは、残念ながらいまだに、なかなか聴けないものなのだ。あくまで軽く柔らかく、音楽の美しさ・楽しさを語りかけてやまない演奏。聴いているだけで嬉しくなり、いつまででも浸っていたい響き。ただただ嘆息である。

最終日、30日の聴きものは、R.シュトラウス20歳のピアノ四重奏曲(Pf:クリストファー・ヒンターフーバー、Vn:西野ゆか、Vla:吉田有紀子、Vc:大友肇)と、80歳過ぎの最後の作品『メタモルフォーゼン』(弦楽七重奏曲版。Vn:サシコ・ガヴリロフほか)。こうして改めて若い時代の作品と聴き比べてみると、『メタモルフォーゼン』では、第二次大戦で破壊しつくされたヨーロッパをその眼で見なければならなかったシュトラウスの悲痛な思いが、実に重苦しく切々と胸に迫ってくる。ただし、この日は弦楽七重奏版での演奏、音楽祭の演奏家の陣容を考えれば致し方ないとはいえ、いささか単調さを感じたのは否めない。それに比べれば、いかにも若さあふれる、フレッシュなピアノ四重奏曲(30分以上の大曲である)の演奏は、瞠目の成果であった。それにはピアノのヒンターフーバーの才気がおおいに貢献している。確かな技術とバランス感覚でアンサンブルをリードしつつ、要所要所でアグレッシヴな大胆さが閃く。新しい才能に出会うのもまたこの音楽祭の喜びである。さらに様々な演目で聴いてみたいピアニスト。そしてこの曲もまた、様々な演奏家でもっと聴いてみたい作品である。
そして締めの曲目は、ペーター・シュミードルとパノハ弦楽四重奏団の妙技を聴かせるモーツァルト『クラリネット五重奏曲』。演奏家たちはさすがにいささか疲れが見えたものの、最後の力を振り絞っての充実した演奏であった。

【8/29】
バッハ シュトラウス/ロマンツェ シュトラウス/海辺の思い
シュトラウス/弦楽四重奏曲 ドヴォルジャーク/弦楽五重奏曲第3番
【8/30】
シュトラウス/ピアノ四重奏曲 シュトラウス「メタモルフォーゼン」弦楽七重奏版 モーツァルト/クラリネット五重奏曲

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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