Live Report #718

高瀬アキ with ハン・ベニンク『Two for Two』

2014年8月30日 新宿ピットイン
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by 横井一江

軽い挨拶を終えて、腰を下ろすやいなや、一呼吸もおかずに淀みを一掃するかのごとく強烈な高瀬アキのピアノの打鍵で、『Two For Two』と銘打ったコンサートは始まった。彼女がよほどこの演奏を楽しみにしていたか、あるいは当日よほど気合いが入っていたかのどちらかだろう、と瞬間的に思ったほどのオープニング。

高瀬アキのピットインにおける帰国演奏会はこのところ恒例行事になった観がある。プロデュース役をかってでているのは彼女の友人で、今月、本誌Jazz Tokyoの編集長に着任した横井一江。昨年は『エリック・ドルフィーに捧ぐ』と題して、林栄一、井野信義、田中徳崇のクヮルテットに内藤和久を起用した顔合わせで、触れた瞬間に血が噴き出すような演奏を繰り広げた。私を含めて聴く者を裏切らない高瀬アキの音楽を愛するファンが、この日も立ち見を含めて大勢詰めかけた。

今年の相手はハン・ベニンク。とはいっても味のある対話となるか、それとも予期せぬ激烈な一騎打ちとなるか、まったく予測がつかない。演奏前の挨拶で高瀬は言った。「私は過去にクラリネットのルイス・スクラヴィスや夫のシュリッペンバッハをはじめ色々なプレーヤーとデュオ演奏を試みてきました。いまやりたいプレーヤーはドラマー。ところが私はドラマーとのデュオ演奏をしたことがありません。もし組むんだったらハン・ベニンクしかいないと思っていたんです。そしたら彼がICPの一員で来日すると聞きましてね、これぞ千載一遇の機会だと思ったわけです」。

ハン・ベニンクがミシャ・メンゲルベルクとICP(インスタント・コンポーザーズ・プール)の実験を開始したのが67年ごろ。1970年5月に訪欧したとき、ヴィレム・ブレゥカー(当時はウィレム・ブロイカーと表記していた)のエスコートでアムステルダムのライヴハウスを訪ね歩き、その1つでベニンクの演奏を聴いた私にとっても、あるいは伝説的ドラマーたらしめたエリック・ドルフィーの『ラスト・デイト』(64年)の愛聴者としても、ハン・ベニンクの名を忘れることはできない。とはいえ、それから約半世紀を経てなお、70を越えた彼が往年を彷彿させるプレイで変わらぬ健在ぶりを示してくれるかどうかが私の最大の関心事だった。だが、心配無用とばかり、ベニンクはスネアドラムたった一体を自在に操り、横井一江著『アヴァンギャルド・ジャズ』(未知谷)のオランダの頁に掲載されている、スネアドラムにのせた左足でスティックによるサウンドに変化を生む彼の姿を捉えた写真同様のプレイを、まるで玩具に戯れる幼児のように発揮してみせた。のみならず、スネアドラムから離れて床や目に入るさまざまな物体を叩いて音を出しながら冗長に堕すことはなく、高瀬が演奏を終わろうとするところを決して踏み外さない機転の利いた臨機応変のプレイで対応するのだから、ドラマーとしてさすがヨーロッパの即興音楽の牙城を築いてきた人だけのことはある、と改めて感心した。

高瀬が彼女の大好きなエリック・ドルフィーの<Hat & Beard>やセロニアス・モンクの<Pannonica>をはじめ、<Just a Gigolo>などのスタンダード曲を自在に料理しながら、大半の演奏は事前の打ち合わせなどのない即興的なやり取りや対応を通して、彼女はベニンクとの会話を存分に楽しんでいるように見えた(冒頭の<Two for Two>は高瀬のオリジナルとか。同じく<Take the U Train>も演奏したようだ)。ベニンクは過去の技法や既成の概念にまったくこだわらない。彼は比類ないほどユーモアや冗談を楽しむタイプのミュージシャンであり、ときには機知の塊のような男だ。高瀬によれば、全編ぶっつけ本番の即興演奏だというが、聴いている私たちにはあたかも譜面を下地にして演奏しているかのように聴こえたり、徹頭徹尾の即興演奏といいながら両者の演奏には何一つ乱れもないばかりか、意見の食い違いで齟齬をきたす場面もないこの日の両者の演奏が、融通無碍に丁々発止の面白さとスケールで展開される現場に居合わせたのは幸運だったという以外にない。ヨーロッパ・フリー・ジャズの渦中で活躍するベニンクと高瀬ならではの、まさに百戦錬磨の活きいきとした音のやり取りを目前に体験できたのだから幸運だったといってもよいだろう。

繰り返すが、高瀬はどんなにリラックスしても力を抜いた演奏を決してしない。もし彼女の演奏を初めて聴いた人がいたら、彼らは彼女が導きだす音楽のテンションの高さに心底圧倒されたのではないだろうか。ベニンクがスティックで床を叩いたり、ときに大声を張り上げては、はた目に滑稽にさえ見えるプレイや仕草を繰り返しながらサウンドの流れをきちんと読み取っているからこそ、高瀬の方も安心して全身全霊で打鍵に集中できるともいえるわけだが、その一方で彼女自身もピアノの弦が張ってある場所にカラフルなボール球を用意し、キーを叩くたびにそのボールが弦の上に跳ね上がるようにしたりして趣向をこらすなど聴き手の想像力を刺激し、トータルに振り返ってみればまるで打ち合わせでもしたように、あたかもスコア通りに始まって、しかも計算通りにピタリと終わるというのだから、これが爽快でないわけがない。

アンコールは1947年の映画『New Orleans』でビリー・ホリデイがルイ・アームストロングのバンドで歌った<Do You Know What It Means To Miss New Orleans>。彼女のこの曲の演奏は私には初めてだが、こんな懐かしい曲を高瀬アキ&ハン・ベニンクで聴けるとは思っていなかった。何と気持のいいこと!

悠 雅彦(Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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