Live Report #722

灰野敬二ライブ

2014年9月6日(土) 仙川タイニーカフェ
Text & photos by 剛田武(Takeshi Goda)

「Jazz Artせんがわ」の一環でせんがわ劇場から徒歩5分のタイニーカフェで灰野敬二のソロライヴが開催された。名前の通りこじんまりとしたカフェ兼バーは4年前に灰野とNon(Non Band)のデュオ・ライヴを観て以来。地元の音楽/芸術/文学好きな若者たちの隠れ家風の店。限定20名の観客は店の常連や地元のファンが多く、灰野特有のピーンと張った緊張感は余りない。演奏者の近さと木製の内装が、2000年代前半灰野が毎月ライヴしていた西早稲田ジェリージェフを思い出させる。 先刻せんがわ劇場に出演したインドネシアのセンヤワの二人と内橋和久が観にきていた。彼らは二日前に秋葉原Club Goodmanで灰野や吉田達也等と対バンしたのである。


●末森樹

オープニングアクトとして、タイニーカフェでライヴ活動している若手クラシックギター奏者・末森樹が登場。「アルハンブラの想い出」やバッハの曲を端正に演奏。アウェーな状況だが物怖じしない態度が潔かった。

●灰野敬二

スタッフがお香に火をつけ、椅子とアンプをセッティング。灰野が現れハーディーガーディーの調整を始めると、店のシャッターがゆっくりと閉められる。ガラガラという音を立てて窓の外に鉄扉が降りてくるのを見ていると、閉じ込められて拷問を受ける虜囚になった気がしてくる。こんな至近距離でこの黒い砲弾状の擦弦楽器を見るのは初めて。その形状から頑丈そうに見えるが、木製で壊れやすく、湿気に弱いデリケートな楽器だということがよく分かる。優雅にハンドルを回して弦を擦ることで音が鳴る仕組みだが、カバーを開けて弦を弾いたり、フレットを押さえたり、弦の上にアルミホイルを巻いたり、兎に角忙しい。灰野は椅子の上で身体を揺らしリズミカルな動きでハンドルを回す。それはギターやエアシンセを弾くときの激しいアクションとまったく同質である。一寸音だけ聴くと蝸牛の匍匐のようだが、脈動するビートが流れていることを感じるべきだろう。

学校の音楽の授業で聞いたのか、ハーディーガーディーの名前だけは前から知っていた。ドノヴァンに「Hurdy Gurdy Man」というヒット曲もある。しかしこの楽器の存在が頭脳に強烈に植え付けられたのは2002年末の不失者の法政大学学生会館ワンマンだった。灰野のライヴに通いはじめてから1年経った頃初めて経験した7時間ライヴ。最初はまさかそんなに長いとはつゆ知らず、始まってから3時間程して灰野とベースの小沢靖がステージを去り、電子音がPAからリピート再生されたので、このままフェードアウトして終わるんだな、と思った。しかし電子音は同じ音量で20分以上鳴り続ける。何かおかしいぞと思いはじめ、時間感覚が麻痺してきた時、突然電子音を遥かに凌ぐ大音量でガラスを引っ掻くような耳障りな轟音が鳴り響いた。耳を塞ぐことも出来ず茫然とノイズに溺れたまま意識が遠のき、徐々に眠りに落ちていった。頭の中の景色がぐにゃりと曲がり、墨汁のように溶けて流れ出し、モノクロの曲線の間からえも言われぬ奇怪な異形の化け物がこちらを覗いている。余りの恐ろしさに目を醒すと、全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、エレクトリック・ハーディーガーディーの音圧のために声も上げられず金縛りのままの自分を意識した。人間が只の肉の塊に過ぎないことを思い知り、シュールレアリストたちの描いたヴィジョンは、脳の中に存在する風景を忠実に再現した写実主義であることを実感した。

それから12年の間に灰野のハーディーガーディー演奏を何度も体験し、悪夢を見ることはなくなったが、意識が浮かび上がるような不思議な感覚は変わらない。小さな会場に閉じ込められて心ゆくまで堪能した秘密の儀式は、いつも以上に甘い陶酔感に溢れていた。

剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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NEW1.31 '16

追悼特集
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FIVE by FIVE
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

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オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
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INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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