Live Report #723

The 13th Tokyo Jazz Festival 2014
第13回 東京ジャズ祭 '14

2014年9月6日・7日 東京国際フォーラム
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by 中嶌英雄(*) 岡利恵子(**)

2014年のベスト・ライヴを聴いた!

今年は天候に余り恵まれなかったものの、地上広場やクラブなどの関連施設を含めた入場者数が8万9千人を超えたそうな。そういえば、大ホール(Hall A)へ向かうときに通る地上広場は立ち見客が広場を囲みながら思い思いに楽しんでいて、ステージでの演奏模様がよく見えないほどだった。ヨーロッパ各国のグループ、とりわけ若いプレーヤーで構成するグループをチェックしようと思えば、この地上広場のステージをおいてない。といっても、広場を埋めた聴衆を押しのけて取材するわけにもいかず、切歯扼腕しながら広場を後にすることだってなくはない。取材に便宜を図ってくれると嬉しいのだが、と思いながら通り過ぎる。
それはともかく、たった2日でおよそ9万人のファンを動員したことを考えると、このジャズ祭が日本で現在唯一の規模の大きな国際ジャズ祭として定着しつつあるような気がする。特にこの2、3年、このジャズ祭の成功で周辺のジャズ界隈が刺激を受けたり、活気づいたりしているのを見たり感じたりすると、ジャズ・ファンの1人としては嬉しい。

そんな1例になるかどうか。東京ジャズ前夜祭に当たる9月5日、英国から初めて来日した同国の至宝的ジャズ・ヴォーカリスト、ノーマ・ウィンストンの公演(新宿ピットイン)があり、さして大きな期待があったわけではなかったが、いかにも英国人らしい律儀なステージ・マナーを印象づける彼女の清楚な唱法に、知らず知らず居ずまいを正すようにして聴きいってしまった。イギリスの著名な作曲家、例えばエルガー、ブリテンとか、ヴォーン・ウィリアムス、ディーリアスらの上品で優雅な作品を瞬間的に思い浮かべたのも、決して偶然ではないだろう。事実、ごく自然に私は彼女の歌と彼らの作品とを重ね合わせるような気分を味わった。
1941年(9月23日)生まれ(東ロンドン)といえば、チック・コリアと同年齢。すなわち、もはや若くはないノーマ・ウィンストンが、しかし実に爽やかでスマートだった。ヴェテランならではの味のある唱法だが、どこにも老いを感じさせない。わが国でヨーロッパのジャズが紹介されるようになったころ(60年代末〜70年代)の面々、その意味でのパイオニアというべきイアン・カー、マイケル・ギブス、ジョン・サーマン、マイク・ウェストブルック、ジョン・テイラー、ケニー・ホイーラーらと活動をともにしていた彼女だが、のちにかつての夫でもあったジョン・テイラーとの吹込で話題になったこともある。だが、彼女の吹込作といえば、1986年の『Somewhere Called Home』に始まって、つごう4作を数えるECM録音を忘れるわけにはいかない。『Distances』(ECM)の秀唱をしのばせたピットインでの彼女の英国淑女を彷彿させるステージ・マナーに触れて、もし彼女がほんの1、2曲でも東京ジャズ祭の舞台で歌う機会を得ていたら、昨年の同祭でのシーラ・ジョーダン同様の感動をもたらしてくれたのではないだろうか。ウィンストンにとってはむろんのことだが、私たちにとっても返すがえすも惜しいチャンスを逸したことになる。

ピットインのステージでは、ジョン・コルトレーンの<ジャイアント・ステップス>に範をとった<Giant Gentle Stride>や<Live to Tell>、あるいは映画『トッツィー』に書いたデイヴ・グルーシン作品などで、彼女は終始聴く者を惹きつけて放さなかった。

ことに随所で披露したWordless Improvisation (スキャットにあらず。器楽奏者の即興演奏のヴォーカル版)が鮮やかだった。共演したイタリアのピアニスト、グラウコ・ヴェニエール、及びソプラノやバスクラで出色のプレイを演じたドイツのクラウス・ゲシングという両者の、ウィンストンとピタリと息の合ったバッキング、とりわけ豊かな表現性で彼女の詩的な世界に、あたかもシェークスピア劇を聴く者に意識させるかのごときドラマティックな光をあてた知的なアプローチを称えたい。

いささか寄り道が長くなってしまった。

♪東京ジャズ祭・国際フォーラム・ホールA(9月6日)〜 The Jazz Power

1. JAGA JAZZIEST
2. ミシェル・カミロ × 上原ひろみ
3. ランディ・ブレッカー、マイク・スターン、小曽根真 with トム・ケネディー(eb)、ライオネル・コーデュー(ds)

♪同(9月7日、昼の部)〜 This Is Jazz

1. The Quartet Legend featuring ケニー・バロン、ロン・カーター、ベニー・ゴルソン、レニー・ホワイト
2. 小曽根真 featuring No Name Horses VS クリスチャン・マクブライド・ビッグバンド
3. ハービー・ハンコック and his band featuring ヴィニー・カリウタ、ジェームス・ジーナス & リオーネル・ルエケ

♪同(9月7日、夜の部)〜 Discover

1. アーマッド・ジャマル with レジナルド・ヴィール(b)、ハーリン・ライリー(ds)、マヌエル・パドレーナ(perc)
2. 菊地成孔とペペ・トルメント・アスかラール&UA(special Guest)
3. 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト featuring アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス

上記のラインアップは、私がカバーしたグループの一覧。リポートのスペースにはもうさほどの余裕がないので、私にとっては初めてのアーマッド・ジャマルと、東京ジャズ祭のベスト企画とあえて称えたい小曽根真とクリスチャン・マクブライドによるビッグバンド・バトルに焦点を当てて書くことにしたい。

アーマッド・ジャマルは1987年だったと記憶するが、フィリップ・モーリス社が編成した世界各国をツアーするバンドの1員として来日したことがあった。この来日演奏を聴き逃した私にとっては初のジャマル体験。マルサリス・ファミリーとして、あるいは大西順子のトリオのメンバーとして日本でも馴染み深い現代屈指のベース奏者レジナルド・ヴィールとハーリン・ライリー、及び打楽器奏者のパドレーナを従えたジャマルは、みずからの演奏を通して献身する(表現に没頭する)ことへの関心を今回は脇に置いたかのように、ほんの少し弾いてはヴィールやパドレーナに何度となくスウィッチ。往年のアーゴやカデットなどでのジャマルの演奏を知るものには肩すかしを食わされた感があったろう。

何しろ84歳。今回の出演者の中では85歳のベニー・ゴルソンに次ぐ高齢なのだ。マイルス・デイヴィスが関心を示した音符を節約して微妙な歌い回しをする彼独特の奏法は、今回は残念ながらほとんど見せずじまいだった。ただ<サマータイム>や十八番の<ブルー・ムーン>などで、ときには肘打ちを見せたりキーを叩いて遊んだり、逆にメンバーを遊ばせたり。自由無碍な境地を楽しむ年齢になったということか。

周知のようにイタリアのジャズ祭で上原ひろみの演奏を賞賛し、帰米後彼女をテラークに推薦、デビュー作をプロデュースしたのがジャマルだった。アンコールの<Dynamo>を演奏し終えたジャマルのところに花束を抱えて現れた上原ひろみをハグするジャマルの笑顔がはじける。聴衆の大きな拍手が彩りを添えた。

あえて告白するが、今年のベスト・ライヴ(ベスト・コンサート)を選ぶ時期が近づいてきたと意識し始めたせいか、ノーマ・ウィンストンを聴き終えたとき2014年度のベスト・ライヴはピットインでの彼女だと秘かに脳裏へ叩き込んだ。ところが、思わぬ伏兵が現れた。伏兵とは失礼なと怒る向きもあるかもしれないが、それが小曽根とマクブライドのビッグバンド対決だった。対決といったって小曽根とマクブライドはいたって仲がいい。両者は一昨年の東京ジャズ祭にトリオを組んで出演しているくらいだ。小曽根によればその前からマクブライトとはいつかはビッグバンド合戦をしようと話し合っていたという。それが今回実現したわけだが、ビッグバンド・バトル、それも超一流のメンバーで構成したビッグバンド同士がコンサートで演奏をぶつけあうバトルとなれば、相当な経費を覚悟しなければならない。それやこれやを考えれば、小曽根たちから提案された(と想像する)ビッグバンド・バトルの実施に、今回踏み切ったジャズ祭執行委員会の英断には敬意を表したい。惜しむらくは2つの一流ビッグバンドが演奏して、他の演し物と同程度の演奏時間だったということだ。それでは聴く方も演奏者側もいささか物足りない思いが拭えなかったろう。少なくとも私にはその思いが澱(おり)のように残った。

それはそれとして、演奏はクリスチャン・マクブライド・ビッグバンドの先攻で始まった。バンドの演奏者のうち名が通っているのはスティーヴ・ウィルソン(as)らごく僅かしかいないが、腕前は全員が超一級。オープニングの<Shake in Blake>でスピードに乗ったシャープなアンサンブルが一糸乱れず炸裂する。バンドが帯同したシンガー、メリッサ・ウォーカーが<The More I See You>を披露した後、<In a Hurry>で締めくくったこのバンドの聴きものはやはりリーダー、マクブライドの超絶的といっていいベース・ソロだった。信じがたいくらいの凄いテクニックだ。

マクブライド・ビッグバンドの熱演に拍手を送っていた小曽根真とNo Name Horses。満を持して、ジョージ・ガーシュウィンの<ラプソディ・イン・ブルー>の演奏を開始した。本来バトルなら1曲づつ交互に演奏するところだろうが、何せ<ラプソディ〜>は通常の曲の3倍ぐらいの長さを持つ。そのため交互に演奏しあう形は諦めざるをえなかったということだろう。曲の狼煙ともいうべきクラ(岡崎正典)のグリッサンドから小曽根のピアノと指揮で、こちらもまさに一糸乱れぬ、かつ気合の入った演奏で聴衆を惹きつけて放さない。エリックミヤシロ、中川英二郎、近藤和彦、三木俊雄、高橋信之介ら最強のメンバーを擁した強靭なアンサンブルが素晴らしい。一方、原曲を新たに“編曲”するという視点でではなく、小曽根は原曲の構成をきちんと踏まえた上で、ここぞという箇所ではガーシュウィン流(オーケストレーションはグローフェ)に現代感覚を加味した小曽根流のスコアをつくりあげ、現代演奏家の血の通った「ラプソディ」に仕立て上げたといってよい。小曽根がピアノのソロを演ずる場面では、彼があれほど顔を紅潮させたことは過去に見た覚えがないほど、まさに真剣勝負の気構えを聴く者に示した。普段聴く「ラプソディ」とあまり変わらないにもかかわらず、随所で小曽根節が独特のニュアンスとフレイヴァーを放っており、それが常とは違う新鮮さを放って聴く者を魅惑したのだ。この演奏は決して身びいきではなく、新世紀にふさわしい<ラプソディ・イン・ブルー>になったといって過言ではない。

両ビッグバンドの演奏をもう少し聴きたかったというのが本音。とにかく東京ジャズ祭で初めて聴いた最高のビッグバンド競演コンサートだった。その証拠に、次のステージで現れたハービー・ハンコックが開口一番、発したのだ。「何て素晴らしい(incredible)ビッグバンドなんだ!」、と。自分の音楽やバンドのことはさておいて、その前の演奏を激賛したのをみても、いかにこのビッグバンド・バトルがひときわ素晴らしかったかが分かっていただけるだろう。ベスト・ライヴの筆頭候補の1つには違いない。

(*) (*) (**)
(**) (*)

悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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