Live Report #726 |
SATORU SHIONOYA TRIO “LIVE 2014” |
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大きな飛躍を予感させるピアノトリオ・ライブ
2014年夏、塩谷哲はAGA-SHIOで津軽三味線の上妻宏光とともにヨーロッパツアーへ向かい、山木秀夫、井上陽介はブルーノート東京・オール・スター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロでモントルー・ジャズ・フェスティバル2014へ出演する。私は光栄にも3人のヨーロッパ遠征と大阪・名古屋・東京でのピアノトリオライブを見届けた唯一の者となった。3人ともヨーロッパ遠征は何度か経験済みだが、特に今年は手応えを感じ、感性に刺激を受け、進化しながら帰ってきたように思う。なお渡欧直前には、山木と井上は、笹路正徳とともに渡辺香津美ジャズ回帰プロジェクトで共演しているが、往年のKAZUMI BANDから高水健司に代わって参加した井上には大きなプレッシャーがあったかも知れない。そのヨーロッパ帰りの3人が帰国直後にリハーサルに入り、生まれたのが、今回の塩谷哲トリオツアーだ。
塩谷哲トリオは、山木秀夫のドラムス、吉野弘志のベースで結成され、2002年録音の『トリオっ!』から始まり、2004年『Wheelin’ Ahead』、そして、2007年に、ベースに井上陽介を迎えて『Eartheory』を発表。そうするとこのメンバーでもすでに7年間活動してきたことになる。レギュラートリオとはいえ、多忙な3人だけに年1回のツアーがやっとだが、毎年大きな感動を与えてくれる。
1990年代の塩谷哲は、オルケスタ・デ・ラ・ルスのピアニストとしての活躍があり、1993年国連平和賞受賞、1995年グラミー賞ノミネートいう輝かしい経歴を持ち、ソロ活動へ移行し、積極的にアルバムも制作して行く。その集大成のひとつが2002年『塩谷哲 with SALT BAND / LIVE! LIVE! LIVE!』。2002年録音の『トリオっ!』へとつながり塩谷哲トリオで計3アルバムをリリース、そして2013年にSALT BANDの発展形であり、ドラムスがトリオと共通の山木秀夫に代わり、ギターに田中義人が参加して『Super Salt Band / Arrow of Time』という時系列になる。なおこの期間に、ピアノソロやさまざまなプロジェクトを積極的に行ってきた他、2003年から始まった小曽根真との共演が塩谷にとって最大の転機となったと塩谷自身が証言している。
全セットで1曲目に演奏されていた<Ginza>は、アルバム未発表曲で、ギタリストの鳥山雄司との銀座ヤマハホールでのデュオのために書かれた曲。そして銀座とは仮題で、大阪なら新地、名古屋なら栄、とか言っていた。個人的には朝の爽やかなイメージを感じた。<Delicious Breeze>は、トリオのために書かれた未発表曲、ストレートアヘッドのフォービートで、塩谷の<Side by Side (We Go)>や、<Confirmation>、<Bud Powell>にもつながる明るい響きの曲で、3人のリラックスしたやりとりが楽しい。スティービー・ワンダーの<Superstition>は、『Arrow of Time』のために8分の7拍子に編曲されているが、奇をてらっているわけではなく、本人も変拍子のための変拍子にはしたくないが、この曲はどうしても8分の7拍子で聴こえてきた、聴こえてきたものはしょうがない、と言う。実際にとても自然な曲調で聴くことができる。
今回演奏された曲の中で特徴的だったのは、坂本龍一とチャーリー・ヘイデンに向けられた想いだった。チャーリー・ヘイデンが亡くなったことを受けて演奏された、チャーリーの曲<Spiritual>、『Pat Metheny and Charlie Haden / Beyond the Missouri Sky』からの1曲。ピアノのアルペジオから始まり、静かでシンプルなメロディを井上のベースが歌い上げ、山木がブラシワークで静かにサポートし、3人で祈りの空間が創られていく。そこにチャーリー・ヘイデンが聴きにきているのではと錯覚させるほどのまさにスピリチュアルな音楽が展開された。井上は早いパッセージでの演奏も得意としているが、チャーリー・ヘイデン流のシンプルで朴訥とも言える暖かみのあるプレイでも光っていて、トリオの新しい境地のひとつの方向性でもあるように思えた。この演奏はあまりに繊細過ぎて、店舗によってはレジの音が気になることもあった。
坂本龍一の闘病宣言を受けて、塩谷が高校生時代に大きく影響を受けた映画『戦場のメリークリスマス』からテーマ曲ではなく、こんな表現もできるということで衝撃を受けたという<The Seed and Sower>を演奏。種と種蒔く人、という意味らしい。ピアノの不協和音を多用したイントロから、山木のランダム感があるマレットでのプレイに、井上のアルコにはじまり、緊張感のあるやり取りが続いていく。当時、学園祭で自主制作映画を作る機会があり、塩谷が作曲したら戦メリ風の曲になったとも語っていた。
今回のひとつのハイライトと感じたのは、名古屋公演におけるダブルアンコールでの<Beauty and Brilliance>だ。『Arrow of Time』に収められ、切なさも秘めながら明るく優しく歌い上げる曲で、名古屋でのみ演奏された。トリオの感性にぴったりとはまり、涙の出るような感動を覚えた名演奏だった。
他のアンコール曲としては、<Flying Shoes>と<Patio>。スピード感と浮遊感のある<Flying Shoes>はこのトリオならではだし、『Arrow of Time』からの<Patio>は、親密さとセッションの楽しさを表現している。塩谷哲トリオの最大の魅力は、塩谷、井上、山木の3人が本当に楽しそうにインタープレイを繰り広げるところで、その表情からもその音からも音楽の悦びがダイレクトに伝わってくるところだ。
新メンバーでのトリオも7年目を迎え、個人的な環境の変化もあるだろうし、トリオ以外でもさまざまな音楽の仕事が変わってきた。そして、今回のヨーロッパで吸収してきたものと、強まった自信。山木と井上のモントルーでの演奏も本当に素晴らしかった。井上もリーダーアルバムを含むいくつかのアルバム制作に取り組んでいる。山木のドラミングはヴァーチュオーゾの域に達し、福山雅治バンドを含む多忙な活動を続けながらも、さらに自身の活動に新しい前進を始めている。塩谷は、フランス近代のピアノ作品とあらためて向き合う中で、ピアノの音色、鳴らし方にこの数年で大きな飛躍があると思う。今回のトリオ公演はそんな変化を常に感じさせ、リラックスした中にもとても濃密で特別なものとなった。大阪、名古屋、東京と日を追うごとに、この短期間ですら明らかに音楽が変わっていく。その過渡期ゆえのスリリングさに、今回の公演はライヴ盤に残して欲しいと願ったほどだった。そう遠くないうちにトリオでのアルバム制作があって、この7年のライヴでの蓄積が再構築されて、可能性が広がっていったらと思う。いずれにせよ、塩谷哲トリオは、今、大きな飛躍を秘めた時期にあり、そしていつか実際に耳にする、まだ聴いたことのないトリオの新しい音を心から楽しみにしている。(神野秀雄)
【関連リンク】
塩谷哲 公式ウェブサイト
http://earth-beat.net
井上陽介 公式ウェブサイト
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/3814/
山木秀夫 オフィシャルブログ
http://shiosai.cocolog-nifty.com/yamaki/
山木秀夫コレクション
http://ameblo.jp/yamakihideo/
【JT関連リンク】
AGA-SHIO ヨーロッパツアー
http://www.jazztokyo.com/live_report/report703.html
塩谷 哲 〜solo debut 20th Anniversary series〜〈Part U 〉 "Dialogue" ~special 3duos~
http://www.jazztokyo.com/live_report/report586.html
塩谷 哲 Satoru Shionoya with Super Salt Band
http://www.jazztokyo.com/live_report/report532.html
塩谷 哲 “Forward” the premium piano concert 〜special guest 小曽根 真〜 http://www.jazztokyo.com/live_report/report620.html
塩谷 哲/アロー・オブ・タイム Satoru Shionoya / Arrow of Time
http://www.jazztokyo.com/five/five975.html
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013 「パリ。至福の時」 #147小曽根 真&塩谷 哲
「パリ×ジャズ」 http://www.jazztokyo.com/live_report/report528.html
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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