Concert Report #730

東京二期会オペラ劇場公演『イドメネオ』

2014年9月14日 新国立劇場オペラパレス
Reported by 藤堂 清(Kiyosi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

曲目
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト『イドメネオ(クレタの王イドメネオ)』
 (アン・デア・ウィーン劇場と東京二期会の共同制作)

指揮:準・メルクル
演出:ダミアーノ・ミキエレット
装置:パオロ・ファンティン
衣装:カルラ・テーティ
照明:アレッサンドロ・カルレッティ
演出補:エレオノーラ・グラヴァニョーラ
合唱指揮:大島義彰
管弦楽:東京交響楽団
合唱:二期会合唱団
舞台監督:村田健輔

キャスト
イドメネオ:与儀巧
イダマンテ:山下牧子
イリア:新垣有希子
エレットラ:大隅智佳子
アルバーチェ:大川信之
大司祭:羽山晃生
声:倉本晋児

『イドメネオ』は、モーツァルトがバイエルン選帝侯の求めに応じ作曲し、1781年にミュンヘンで初演したオペラ・セリアである。今回の東京二期会による公演は、アン・デア・ウィーン劇場との共同制作によるもので、ウィーンでは2013年に上演され、そのときのスタッフも今回参加して準備が行われた。ダミアーノ・ミキエレットは、2007年ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでの『泥棒かささぎ』が高く評価され、それ以降世界各地で引っ張りだことなっている若手演出家。また、準メルクルが久しぶりに新国立劇場のピットに入りオペラを指揮すること、歌手が若手主体であることも期待される点であった。実際、これら三側面がともに良い結果を生み、高いレベルの上演となった。
物語の舞台はトロイア戦争後のギリシャ・クレタ島、イダマンテは父王イドメネオの帰還を待っている。この地で捕虜となっているトロイア人の王女イリアは、敵方であるイダマンテに心を奪われているが、トロイアの犠牲者に対する思いとの間で苦しんでいる。
今回のミキエレットの演出は舞台を現代に移したものとなっている。序曲の間、戦場に出かけるイドメネオが幼いイダマンテに自分と同じ背広にネクタイという正装をさせ、別れを告げる映像が流れる。後ろ向きの子供の姿がうすれていく中、舞台中央に立つ成人したイダマンテがあらわれ、オペラが始まる。舞台は砂におおわれ、おびただしい数の靴(軍靴)が散乱している。そこへイリアが駈け込んできて、靴を掘り出し砂を落としながら、祖国トロイアとイダマンテとの間で揺れ動く想いを歌う。しかし彼女のおなかにはイダマンテの子がすでに宿っている。イダマンテはイリアへの気持ちを訴えながら、正装を捨てトロイア人らとともに服を着替え、同化の気持ちを示す。「脱ぎ捨てる」、「着替える」といった動作も、この演出を特徴付ける要素であった。イリアの恋敵となるアルゴスの王女エレットラはサングラスをかけ真っ赤なドレスに紫の毛皮をまとった、いかにもセレブでございますといった格好で登場する。彼女の登場のアリアでは、イリアを散々に痛めつける。彼女が退場すると、舞台はイドメネオとその部下が嵐に翻弄される場面へと移るのだが、イドメネオは病院のベッドに乗せられ、救急隊員のような服装の集団によって運び込まれる。イドメネオが、ネプチューンとかわした約束「上陸して最初に会った人物を犠牲に捧げる」を思い、その血を流すことへの恐怖を歌うとき、血だらけの人物があらわれる。そしてその最初の人物が我が子イダマンテであることを知ったとき、彼を強く退ける。理由がわからず困惑するイダマンテ。イドメネオはイダマンテとエレットラをアルゴスに送り、ネプチューンとの約束を避けようとするが、出港直前に海が荒れ果たせない。海に怪物があらわれ、人々を襲い多大な犠牲を生む。彼らはイドメネオにネプチューンに捧げるべき犠牲者を明らかにするよう迫る。怪物を退治してきたイダマンテは、父が自分を退けてきた理由を知り、喜んで犠牲になろうとする。ここでミキエレットは、エレットラに斧を持たせイドメネオに渡させようとする。これはアガメムノンの斧をみせることで、続く彼女のアリア<オレステとアイアスの苦しみを>への伏線となっている。イドメネオは受け取ることを拒否しようとするが、イダマンテは横たわり義務を果たすように迫る。そこへイリアが彼に代わって犠牲になろうとする。そのとき、イドメネオの退位、イダマンテの王位継承とイリアとの結婚により、ネプチューンも満足するとの声が響く。これに従うことをイドメネオは宣言し、人々の歓喜の合唱のうちに幕が閉じる、というのが通常の上演だが、今回の演出では、普段はカットされることが多いバレエ音楽の一部(K.367)が続けて演奏された。その間舞台上ではイドメネオが静かに倒れ息を引き取り、人々は彼の上に砂をかけ埋葬し、彼の亡骸のまわりにろうそくをともして去っていく。イリアとイダマンテ、アルバーチェが残るなか、イリアが産気づき、二人の介助を受け出産する。イダマンテが子供を取り上げ、イドメネオの方に向かうところで舞台は暗転する。
序曲の映像から始まり、父から子へ、そして子から孫へと続いていく営みは、戦乱や様々な災害にも関わらず、続いていくだろうという演出家の想いを感じることができた。
音楽面も大変充実していた。準・メルクルの指揮のもと、東京交響楽団は古楽の団体のようなエッジの効いた軽やかな音楽を作り出していた。興味深かったのは、レチタティーヴォ・セッコの伴奏にアップライト・ピアノを使っていたこと。ウィーンでは映像で見る限りフォルテピアノが使われていたので、日本での機材調達が難しかったといった理由によるものかもしれないが、音量のバランスという意味では良かったのかもしれない。若手中心の歌手も持てる力を十分に発揮していた。エレットラを歌った大隅は各幕に置かれたアリアで聴かせ、見せたが、特に第3幕の狂乱のアリアとでもいうべき場面では、服を脱ぎ捨て、髪をむしり、泥にまみれて転がりながらも、歌唱上まったく破綻をみせず圧倒的であった。イドメネオ役の与儀も登場のアリアやそれに続くイダマンテとのやりとりなど、音楽で劇の進行を作り出すことに成功していた。レチタティーヴォをきちんと歌えるという意味で、モーツァルトの他のオペラなど、この時代の作品での歌唱を期待したい。イダマンテを歌った山下は今回のキャストの中ではベテランということになりそうだが、安定感があり、安心して聴くことができた。この役、初演時はカストラートが歌っていたのだが、カウンターテナーが歌うということはできないのだろうか?そういった試みがあってもよいように思う。イリアの新垣も若手の一人ということになろう。歌自体はきちんとしているのだが、頭声に頼る発声が表現の幅を狭めているように感じられるところもあった。
東京二期会の公演の組み方では難しいのかもしれないが、今回共同制作した舞台、是非再演を検討してみてほしい。

藤堂清 Kiyoshi Tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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