Concert Report #731

廣瀬量平作品連続演奏会X(最終回)〜 邦楽器への激(たぎ)る想いを次世代に

2014年9月19日 古賀政男音楽博物館・けやきホール
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by 山川直治(Naoharu Yamakawa)

1.ひな(HINA)〜 5人の尺八奏者のための(1982年)
 松岡邦篤、辻本好美、田辺道恵、樋ロ景山、青木由貴
2.古代歌謡による三つの歌(1974年)
 歌・箏:下野戸亜弓 笛:角田眞美 打楽器:望月晴美
3.浮舟---水激(たぎ)る宇治の川辺に---二十五絃筝のための(2002年)
 二十五絃箏:花岡操聖
     <休憩>
4.夢十夜(1973年)
 能管・篠笛:西川浩平、尺八T:竹井誠、尺八U:クリストファー遙盟、尺八V:三橋貴風、三絃T (細棹):本條秀慈郎、三絃U (太棹):鶴澤三寿々、筑前琵琶(四絃):藤高理恵子、箏T:野坂操壽、友渕のりえ、箏U:深海さとみ、下野戸亜弓、十七絃:菊地悌子、花岡操聖、打楽器:尾崎太一、望月晴美、盧慶順、島村聖香、指揮:田村拓男

 作曲家・廣瀬量平が亡くなってから、まもなく6年(11月24日)になる。函館生まれで、北海道大学卒業後に東京藝大で作曲を学んだのち、77年に京都市立芸術大学の教授に就任後は、京都での活動に専心した氏は教育活動の傍ら、現代音楽曲を発表する一方で尾高賞に輝いた『尺八協奏曲』をはじめ、多くの邦楽作品を作曲して世に問うた。

 この作曲家としての廣瀬量平の、とりわけ邦楽作品を高く評価していた方が長廣比等志であり、5回にわたるこの連続演奏会に全力を傾注しておられたのも氏である。その長廣氏が昨年12月28日に亡くなられた。この余りにも突然の訃報に接したときは(私が知ったのは今年の春だった)何かの間違いだろうと思ったほど、昨年の春ごろだったかにお会いしたときの氏は、普段お会いして雑談を交わしあっているときと少しも変わらずお元気だった。氏とは芸術祭の審査委員でご一緒させていただいて以来の付き合いだったが、専門の邦楽のみならずクラシックはむろんジャズにも明るく、その豊富な知識と経験に裏打ちされた数々の指摘や造詣の深さで、とりわけ邦楽では教えられることが多かった。私とはほとんど歳が変わらない氏の訃報にはいたたまれない気持だ。いまだに嘘であって欲しいと思いながら、我にかえったとたん言葉にならないほどの痛恨の思いに見舞われる。今はただ冥福を祈るしかない。

 長廣比等志氏が音頭をとって始まったこの<廣瀬量平作品連続演奏会>は、邦楽界を主導するメンバーによる実行委員会(菊地悌子、田村拓男、友渕のりえ、野坂操壽、深海さとみ、三橋貴風、山川直治)の主催という形をとって、4年前の2010年11月の第1回を皮切りに年1回のペースで開催してきた。そして、今回が最終回。どんなにか長廣さんはこの最終回を見届けて、達成感を味わいたかったろうと心中を察し、息を引き取る間際の彼の無念を思わずにはいられなかった。

 廣瀬量平の伝統楽器作品は40数曲あるというが、その中から大編成作品を除く楽曲を全5回のラインアップとして選び(およそ20曲)、かつて氏に作品を委嘱した経験を持つ実行委員会の演奏家たちを含む邦・洋のアーティストが真摯に廣瀬作品と向き合い、充実した演奏を繰り広げてきた。今回の最終回は純粋な邦楽演奏家が結集し、廣瀬量平作品を新たな視点を通して捉える試みで飾ることになった。会場内入り口には長廣氏の遺影が飾られ、プレトークでは作曲家の北爪道夫が「廣瀬量平:その人と音楽」というテーマで故人をしのぶ興味深い話題を披露してしめくくった。中でも、故オリヴィエ・メシアンがパリ音楽院に入学した日本の学生に、日本には素晴らしい伝統音楽があるのになぜそれを学ぼうとしないのかを釈明せよと迫った話には思わず膝を叩いた。

 当夜の演奏の話に移ろう。『ひな〜5人の尺八奏者のための』(1982年/三橋貴風補作)での尺八奏者が何と5人が5人、うらわか〜い女性(辻本好美、田辺道恵、松岡邦篤、青木由貴、樋口景山)。プレトークで北爪氏が指摘していたように、廣瀬のアナリーゼ力、分別力、作曲力が尺八という楽器を通して結晶した1曲として聴けば、この楽器に日本人の心象を見い出していた廣瀬の尺八に対するハレの気が開花したような思いを見出すことができる。5人の女性奏者たちの気合の入った爽やかなアンサンブルに思わず熱い拍手を贈った。

 古事記と日本書紀に現れるウタに基づく『古代歌謡による三つの歌』(1974年)は縄文的精神を持ち続け、古事記に古代歌謡演劇の下地を見出していた廣瀬の面目が躍如とする作品。万葉集へのアプローチを深めている下野戸亜弓(歌、筝)を中心に、角田真美(笛)、望月晴美(打楽器)が、ある種のロマンを聴き手に掻き立てる古代歌謡の素朴で可憐なリリシズムの花を咲かせた。特に、最後の<春日皇女の歌>の哀切が印象深い。

 花岡操聖の二十五絃筝独奏による『浮舟ー水激(たぎ)る宇治の川辺にー二十五絃筝のための』(2002年)が、花岡操聖の精魂を傾注させたパッショネートな演奏で意外なる(失礼!)聴きものだった。名手・野坂操壽が恵子時代に委嘱・初演した作品と言い、作曲者は彼女の演奏に求道者的な姿を見て共感していたとみずから書いている。作品はむろん『宇治十帖』(源氏物語)の「浮舟」で、宇治川の水激る様に人間のさまざまな業や思いを重ねて見ようとした廣瀬の人間性と作曲術が一体になった筆致に打たれた。花岡の濃淡のはっきりした演奏によって、筝による骨太の抒情作品を聴く思いだった。ここには北爪氏が指摘した廣瀬量平のスケールの大きさや邦楽への深い思いが横溢しており、筝による表現に全霊をかけていた野坂操壽の演奏に触発された廣瀬の晩年の秀作というべきであろう。

 休憩後に演奏された『夢十夜』は日本音楽集団が73年の定期で委嘱初演した1曲で、ここでは西川浩平、竹村誠、三橋貴風、クリストファー遥盟、本條秀慈郎、鶴澤三寿々、藤高理恵子、野坂操壽、友渕のりえ、深海さとみ、菊地悌子、尾崎太一、盧慶順、島村聖香ら総勢14人の奏者が田村拓男の指揮で熱演した。夏目漱石の『夢十夜』にタイトルを借りている作品だが、作曲者はこれが漱石作品の単なる音楽化ではなく自分自身の夢十夜のつもりだと述べている。クラシックでいえば大規模な管弦楽作品の趣きをもち、しかも廣瀬自身が自身の夢を語るような肖像画であるよりは壁画の群像を、同時進行する無数のドラマを、それらを呑み込んで流れる河を(邦楽器で)表現したいと思ったと書いている作品だけに、あたかもリストやリヒヤルト・シュトラウスの交響詩を彷彿させるスケールの大きさと変化に富んだ楽想の展開によって、これだけの名手たちの総出の力演ゆえかスムースさに欠ける恨みがあるという私の率直な感想にもかかわらず、全員の結集力が生む愛情のエネルギー(廣瀬量平と長廣比等志、両氏への感謝と敬愛)の熱さで客席からの大きなリアクションを引き出す献身的な集中力を強く印象づけるフィナーレとなった。
 没後6年を迎えた廣瀬量平の邦楽作品にスポットを当て、その充実した深い音楽性と優れた作品群に新たな再評価を試みようとして、最終回を前にして倒れ、帰らぬ人となった長廣比等志に改めて感謝を捧げたい。



ひな(HINA)-5人の尺八奏者のための


古代歌謡による三つの歌


浮舟-二十五絃箏のための・リハーサル


夢十夜


夢十夜・リハーサル

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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