Live Report #732

ヤコブ・ブロ・トリオ来日公演 (SONG X LIVE 019)

2014年10月4日(土)東京・公園通りクラシックス
Reported & photographed by 剛田 武(Takeshi Goda)

ヤコブ・ブロ(ギター) Jakob Bro : Guitar
トーマス・モーガン(ベース) Thomas Morgan : Bass
ヨン・クリステンセン(ドラム) Jon Christensen : Drums

精神解放音楽に於けるTAO思想の実践が時代や場所に関係なく隔世遺伝されることの証明

1年程前に当誌のKENNY稲岡氏から、レビューしないか、と送ってもらったJakob Bro(ヤコブ・ブロ)の音源を聴いて、ポール・モチアン、ビル・フリゼール、リー・コニッツという大物ジャズメンをゲストに迎えながらも、まったく派手なところがなく、オーガズムの一歩手前の陶酔感が続くラブアフェアさながらの演奏に不思議な魅力を感じた。

筆者が好む前衛ロックやノイズ、ハードコア・ジャズ等の刺激系音楽の対極にある脱力・弛緩した音世界。下手をすれば癒し系/ヒーリング/リラックス音楽のレッテルを貼られ、カフェや病院の待合室のBGMで流れそうなサウンド。こんな腑抜けた演奏に心が惹かれるのは何故だろう。

筆者が愛聴する音楽スタイルのひとつにサイケデリック・ミュージックがある。1960年代後半に登場した、ドラッグの酩酊感・幻惑感を音楽で再現しようとする試みであり、アシッド・ロック/フォークとも呼ばれる。アシッド(Acid)は麻薬、特にLSDを指す。大音量の歪んだ音で感覚を麻痺させる演奏もあるが、浮遊感のあるゆったりとしたサウンドで精神を解放する行き方もある。夢見心地で朦朧と天空に遊ぶ精神トリップを求める筆者は、ヤコブ・ブロのスローな演奏にアシッド=麻薬の香りを嗅いだのだ。

ヨーロッパではオランダの大麻容認政策が有名だが、以前或る大物洋楽ロック・ミュージシャンから、コペンハーゲン市内に定められた特定の地域では、大麻をはじめとするソフト・ドラッグが自由化されていると聞いたことがある。(一見ドラッグのイメージからほど遠い彼は、アムステルダムの行きつけのコーヒーショップの連絡先までメモしてくれた。)だから、コペンハーゲン(デンマーク)と聞くとハッパをイメージしてしまう筆者の頭の中で、ヤコブ・ブロとアシッド(麻薬)が即座に結びついたのである。

因みにJazzTokyo前号(No.201)の稲岡氏によるヤコブ・ブロのインタビューで、ヤコブ自身は「僕の音楽が「“アシッド・ジャズ”とは思わない」と語っている。実際の受け答えで何と言ったかは判らないが、"アシッド・ジャズ"という呼称は、特定のクラブ系ジャズを指す固有名詞であって、アシッド=麻薬・幻惑という意味合いはないので注意していただきたい。

会場の公園通りクラシックスは立ち見が出る盛況ぶり。若いファンや女性の姿が目立つ。ジャズ・クラブと呼ぶには明るく清潔な店内の照明が落ちると、三名の演奏家がステージに登場。全員メガネで、例えてみれば大学教授・助教授・助手といった風情。大人しそうなベーシストの意外な程骨太のタッピングに、哲学者風のヤコブのギターの深い残響音が虹のように拡がる。クリーム色のテレキャスターは、グンジョーガクレヨンの組原正を思わせるが、演奏も女装の奇人(組原)とは逆のベクトルで特異極まりない。すなわち自己主張の放棄である。それは決して自我(アイデンティティ)の欠如ではなく、共演者に媚び諂(へつら)う誤った謙遜でもない。また、喜怒哀楽を無理矢理封じ込んで平静を装う訳でもない。いわば老子の説く「道TAO」すなわち無為自然の境地に近い。心を無にして鳴らすギターの音は、ベースとドラムの音と戯れ抗い睦み合う。音楽に音楽の行き先を任せるという心境こそ、新時代の音楽家の生きる道のひとつに違いない。

道(TAO)の思想は60年代末のサイケデリック/ヒッピー・カルチャーの基本理念であり、現在も様々なエコロジー/自然派思想/反戦運動/市民運動などの根本に流れている。ヤコブのギター・プレイに、筆者は二人の先人ギタリストを思い浮かべた。ひとりはアメリカのアシッド・ロックの第一人者であり、カウンターカルチャーの象徴であるグレイトフル・デッドの故ジェリー・ガルシア。もう一人はポスト・ニューウェイヴ期に、痛々しいほど痩せた体躯にレスポールを引っさげ、鳥肌が立つほど美しい旋律をつま弾いたドゥルッティ・コラムことヴィニ・ライリー。歪み系エフェクターを使わずクリーントーンで延々とアドリブを繰り広げる「キャプテン・トリップ」ことガルシアと、淡々としたリズムボックスに繊細で儚げな歌とギターを聴かせる「ニューウェイヴのギター詩人」ことライリーもそれぞれの時代のTAOの実践者であった。

ベースのトーマス・モーガンとの甘い旋律のランデブーが、ヨン・クリステンセンの老獪なリズムレス・ビートに蝕まれるスリルに身を任せた休憩なしの100分勝負は、予想していた眠気を感じる間もなく過ぎ去った。物理的な演奏スピード(BPM)は打ち寄せる波のようにゆっくりだが、魅惑的な幻惑感は瞬時に神経を麻痺させる。アムステルダムのコーヒーショップは勿論、コペンハーゲンやヨーロッパ各地のドラッグ解放区の街角で、一服キメた人々がヤコブ・ブロ・トリオの演奏に陶酔する光景がまざまざと目に浮かんだ。

終演後にヤコブに確認したところ、ドゥルッティ・コラムは勿論、グレイトフル・デッドも知らないとの答えだった。唯一の手掛かりは少年時代のギター・ヒーローがジミ・ヘンドリックスだったということだけ。直接の影響がないにも拘らず同じ志向性を育んだ事実こそ、精神解放音楽に於けるTAO思想の実践が、時代や場所に関係なく隔世遺伝されることの証明に他ならない。

* 関連リンク(インタヴュー)
http://www.jazztokyo.com/interview/interview129.html

剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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