Concert Report #734

ピエール=ロラン・エマール〜カーターへのオマージュ《室内楽コンサート》

2014年10月6日 紀尾井ホール
Reported by藤原 聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ピエール=ロラン・エマール(ピアノ)
ヴァレリー・エマール(チェロ)
ディエゴ・トジ(ヴァイオリン)

<曲目>
エリオット・カーター:チェロ・ソナタ、90+(ピアノ・ソロ)、再会(ピアノ・ソロ)
「ピアノについての2つの考察」から<カテネール>(ピアノ・ソロ)、
ヴァイオリンとピアノのためのデュオ、エピグラム(ピアノ・トリオ/アジア初演)

確かにエマールは現代音楽のスペシャリストでもあるけれど、そして過去の来日では数多くの現代音楽作品をプログラムに入れているけれど、今回のエリオット・カーターのような現代作品だけで一晩のプログラムを構成するようなコンサートは初めてではないだろうか。かなり冒険的である。10月6日(月)、紀尾井ホール。見たところ客の入りは6割ほどか(月曜の夜でしかもカーターだけで6割、むしろよく集まった方だと思うのだが…)。
当日演奏されたのは全6曲。卓越した演奏によるところが大きいのだろうが、当初いささか危惧していた「難解」(?)さは微塵も感じられず、カーターの音楽の見事さ、豊かさを大いに堪能させてもらった。第1曲目の『チェロとピアノのためのソナタ』。チェロはピエール=ロランの妹、ヴァレリー・エマール。恐らく会場にいた聴衆のほとんどが初めて聴くであろうヴァレリーのチェロが大変素晴らしい。大変豊かな音を持つ人で、もっと知られてよい。1948年の作曲、カーター作品の中では初期〜中期作品とでも呼べるだろう。後年の作品に比べると、無調でありながらも調性的な響きが随所に感じられ、一般的な意味では後年のカーター作品よりは「分り易い」。リズムやテンポの仕掛けが実に面白く、予備知識などなくても楽しめる曲だった。この後にはヴァレリーは引っ込み、ピエール=ロランによるピアノ・ソロが3曲。『再会』『90+』『ピアノについての2つの考察』から<カテネール>。中でも最後の<カテネール>がずば抜けて面白い。身体的・生理的な爽快感があるのだ。アップテンポによる無窮動曲で、カーターによれば「1本の高速の線が様々な形に展開してゆく」というアイデアのようだ。重音や和音は一切現れず、音価も16分音符のみ。プログラムにも記載があるのだが、コンロン・ナンカロウの自動ピアノのためのエチュードを思わせる。この曲はエマールの演奏で聴くことのできるCD(スタジオ録音)とDVD(ライヴ)が発売されているので、興味のある方はぜひ(CDでは「90+」も聴けます)。
休憩を挟んでの1曲目は『ヴァイオリンとピアノためのデュオ』。ここではヴァイオリンにディエゴ・トジが登場。ここでも作曲家の言を引けば「ヴァイオリンを弓で奏する場合の持続的な音響と、ピアノのハンマーが弦を叩き、その後に減衰する音響との対比が構造の要」となっている由。筆者には、ヴァイオリンの様々な音色と表情を徹底的に追求している作品、あるいはピアノとの「絡み方」の多様性を実験していると感じられる。ここでも2人の演奏は絶妙で、その表現の多様性、幅の広さには思わず耳が吸い寄せられる。そして最後の曲は3人全員が揃っての『12のエピグラム』。アジア初演だそうだ。つまりは日本初演ということである。2012年、カーター死の年の作品で、文字通りの遺作。曲は気ままな小品が現れては消える、という風情(その断片性はちょっとクルタークのピアノ作品辺りを想起させもする)。まるでアフォリズムのようでもあり、この世ならぬどこからかのメッセージのようにも聴こえる。枯れてはいるのだが瑞々しくもある。全く不思議な感触の曲だ。しかし、2012年の作品ということは、作曲者はこれを104歳(!)で書いたことになる。何という人だろう。
これで正規プログラムは終了。アンコールには、何と最後の『12のエピグラム』をもう1度演奏してくれた。これにより、1回目の演奏の後で脳裏に反芻するしかない曲の「かたち」を、さらに明確なものとして聴衆に刻印してくれたのだ。これで思い出したのが、筆者も参加した10月1日に明治学院大学で行なわれたエマールのレクチャー。その概要はKAJIMOTOのウェブサイトで読めるが、聴衆からの「現代音楽に馴染むにはどうすれば良いか?」との素朴かつ本質的な質問に対し、「いわゆる聴きやすいとされるクラシック音楽を、普段皆が使うわかりやすい共通の言語だとすると、現代音楽も、例えばまったく新しく聞く外国語を習得するときのように、好奇心を持って繰り返し聴いたり、同じ作曲家の別の作品を聴いてみることで、楽しく聴けるようになりますよ!」(以上、KAJIMOTOウェブサイトより転載)と答えたエマール。まさにこの「繰り返し聴く」機会をアンコールで提供してくれた訳である。
それにしてもエマールのコンサートは楽しい(10月4日にさいたま芸術劇場で行なわれたJ・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻リサイタル、こちらにも筆者は「参戦」したが、冒頭から録音での演奏とは大きく異なることに驚く。尻上がりにテンションが増して行き、全く偉大としか言えない演奏だった)。こちらの知的好奇心をとにかく刺激してくれるのである。ここ何回かの来日では、プログラミングの性質上からかエマールお得意の怒涛のアンコール攻勢がないのがいささか寂しくはあるが、またやって頂きたい!

※文中の作曲者の言葉は、プログラム記載の沼野雄司氏の解説から引用させて頂いた。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックを担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ「趣味人」。

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