Concert Report #735

ファジル・サイ&須川展也・デュオ・リサイタル

2014年10月16日 東京オペラシティコンサートホール
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by 須川 潔(Kiyoshi Sugawa)

ファジル・サイpiano / 須川展也 alto saxophone

<第1部>
―――――ファジル・サイ・ソロ―――――
1.モーツァルト:ピアノ・ソナタ第14番ハ短調 K. 457
2.モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K. 331 「トルコ行進曲付き」

<第2部>
―――――須川展也&ファジル・サイ―――――
3.フランク:ヴァイオリン・ソナタ(サクソフォン版)
4.ミヨー:スカラムーシュ
5.ファジル・サイ:組曲〜アルト・サクソフォンとピアノのための Op. 55

 余り大きな期待をかけずに聴いた演奏だったせいか、とりわけ後半のデュオには魅せられて、なにやら安堵した。須川展也については約半年前に東京文化会館で行われた30周年記念コンサートの評(本誌)で絶賛したことがある。そのときの印象がすこぶる強烈だったためか、今回は自分でもあのとき以上の感激はあるまいと決め込んで、むしろ気軽に臨んだかのような節がある。とはいえ、ファジル・サイには悪いが、須川がトルコのスター・ピアニストと組んでどんな演奏をするだろうかと、前半のサイのモーツァルトよりも後半のデュオ演奏に注目して聴いた。
 まずフランクの『ヴァイオリン・ソナタ』。この傑作ソナタをアルト・サックスで聴くのは実は初めての経験だが、須川はめりはりを付けながらも、アクセントが過剰になることを極力避けつつ、その上で明快な演奏を心掛けたか、物語をひもとくように演奏した。アルトの音が滑るように、ジャズで例を挙げるなら故ポール・デスモンドが真っ白な絹ごし豆腐を柔らかに掬いとるかのような滑らかさで、ヴァイオリン(原曲)の世界を軽快に弾ませていく。この人は共演者に精神的な負担をかけない。サイが進むごとに演奏の軽快さと呼吸のスムースさを気持よく整えたリズムで闊達な演奏を須川のアルトに調和させていったのも、須川の冷静なリラクゼーションと穏やかな人柄ゆえだったに違いないと合点した。事実、それとともに演奏全体のリズムの切れがよくなって親密な空気感をともなってノリがよくなり、中盤を過ぎたあたりで見事な一体感を聴く者に印象づける展開ぶりを示した。無駄のない譜めくり氏(女性)の簡潔な動きと、2人の演奏の高まりとが1つに溶け合ってスリリングな流れを生む、こんな一体感も私には初めて。気持のいい経験をさせてもらった。
 このヴァイオリン・ソナタはフルートとバリトン・サックスの二通りで聴いたことがあるが、須川の演奏は即興性さえ彷彿させる痛快さとノリの良さで抜群。痛快といえば、ダリウス・ミヨーの『スカラムーシュ』はさらにリズミックなノリの快感が、ブラジルの祭りを思わせる祝祭的気分を横溢させて、あたかも2台ピアノの同曲を楽しむかのような開放感を生んだ。この演奏が客席の緊張感を一挙に解き放ったといっても過言ではないだろう。
 ファジル・サイはすでにかなりの作品を発表しており、その中の数曲はすでに他の演奏家が取り上げている。中でも『イスタンブール・シンフォニー』はドイツの有名なクラシック音楽のレコード賞「エコー・クラシック賞」を昨年受賞した(今年の受賞者はマルタ・アルゲリッチ、パトリシア・コパチンスカヤ、ソロ録音部門でのエマニュエル・アックス、ウィーン・コンツェント・ムジクス、バンベルク交響楽団、等々)。ちなみに、この夜の5日前の11日、サイは東京交響楽団と共演し、モーツァルトの『ピアノ協奏曲第21番』を演奏したらしいが、そのとき彼の『交響曲第1番 イスタンブール・シンフォニー』が飯森範規の指揮で演奏されたと聞いた。
 かくして作曲家としても意欲的な活動をしつつある彼が、須川の委嘱で書いた作品が最後の、6つの曲からなる『組曲』である。むろん世界初演だが、須川は大して気張ることもなく等身大のプレイで、サイとの共演をむしろ楽しみにしていたかのように溌剌とした演奏ぶりで聴衆にアピールした。と書くと、いとも演奏容易な楽曲に聴こえるかもしれないが、随所に変拍子あり、第5、第6楽章などには特殊奏法の難所もあり、各曲の性格が変化に富んでいるせいか、耳に入ってくる以上にテクニカルな難曲、と想像した。もちろん随所にトルキッシュな民族音楽風のニュアンスが感じられる親近感を持つこの作品は、演奏回数が増すごとに愛聴される可能性がある。それにしても、5拍子と9拍子が曲をリズミックに盛り上げる第1曲をはじめ、第2、第5、第6曲の特殊奏法などを自家薬籠中のものに仕上げて初演した須川の完成度の高い演奏に、私は改めて目をみはった。繰り返すが、痛快!。
 こうした民族色を作品に反映させるサイの作曲手法に背を向ける狭量主義には未来がない。アンコールで演奏された<クムル>というサイの『バラード第2番』の、日本人の耳にはむしろエキゾチックに聴こえる曲のフィーリングを、私なら素直に楽しみたい。彼はわが国のビッグバンド、小曽根真&No Name Horses とも共演するほどジャズにも積極的にアプローチする。自身の楽曲にもジャズの即興性が自由に顔をのぞかせる。モーツァルトでCDデビューを飾ったくらいの男だから、モーツァルトを好んで弾く。だが、第1部のソロで取り上げたモーツァルトのソナタでもジャズ的な”崩し”が顔をだした。それが彼の生き方であり、好みの反映だ。たとえどんな批判や注文があろうとも、彼自身が信ずる道を迷わず突き進んで欲しい。

*関連リンク
http://www.jazztokyo.com/live_report/report684.html

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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