Concert Report #736

新国立劇場 2014/2015 シーズン オープニング公演
平成26年度文化庁芸術祭主催公演
[新制作]ワーグナー『パルジファル』

2014年10月11日 新国立劇場 オペラパレス
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

芸術監督・指揮:飯守泰次郎
演出:ハリー・クプファー
装置:ハンス・シャヴェルノッホ
衣裳:ヤン・タックス
照明:ユルゲン・ホフマン

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団・二期会合唱団

【キャスト】
アムフォルタス:エギルス・シリンス
ティトゥレル:長谷川 顯
グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
パルジファル:クリスティアン・フランツ
クリングゾル:ロバート・ボーク
クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス

今シーズンから新国立劇場オペラ芸術監督となった飯守泰次郎の就任第一作、そして新国立劇場にとって初の上演となる『パルジファル』である。印象に残ったのはまず第一にハリー・クプファーの演出、ハンス・シャヴェルノッホの装置、ユルゲン・ホフマンの照明の、明快かつ美しい進行。そして飯守指揮のオーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)は、細部をおろそかにせず、外連に陥らず、音楽そのものによって語らせようとする、丁寧かつ抒情的な音楽。歌手陣ではクンドリーのエヴェリン・ヘルリツィウスの熱演、グルネマンツのジョン・トムリンソンのゆとり、タイトルロールのクリスティアン・フランツの美声が心に残る。

演出のクプファーの意図は、新国立劇場の舞台機構をフルに活用した装置と登場人物の配置に明確に視覚化されている。舞台中央には、幕開けから終幕まで、「光の道」が置かれている。純白に輝く光の道は、第2幕クリングゾルの城では一転してマグマのように煮えたぎる欲望の赤に染められ、パルジファルの覚醒によって一瞬にして城が瓦解するシーンでは稲妻の閃光となって観客の目を奪う。第3幕の草原では、鮮やかで生気あふれるグリーンで歓喜を示す。

光の道は、クプファーの演出ノートによると「探究の道、悟りの道」でもあるという。幕開けでは、グルネマンツに抱きかかえられたアムフォルタスが、舞台奥の頂きに向かう遥か手前で倒れ伏しており、悟りに至るまえに挫折したことを暗示している。
特筆すべきは、この光の道の途上に、ドラマの要所要所で3人の僧侶が現れることだ。黙して静かに端座する僧侶たちは幕開けのシーンにすでに登場している。クプファーは、ワーグナー自身が生涯にわたり仏教に多大な関心を寄せていたことに注目し、死の前の最後の作品で、キリスト教と仏教の真髄を結び合わせたのだと解釈する。聖杯騎士団は、聖杯から力を得て生きながらえることだけに注力した堕落した団体であり、「共苦によりて知に至る愚者」パルジファルは、それと対置された存在、人間性の完成という、キリスト教の本来の(そして仏教に通じる)理念を目指す存在である。光の道の途上に端座する僧侶たちは、それが悟りへの道であることを表す明快なアイコンなのである。
終幕、聖杯騎士団の王となったパルジファルは、僧侶から受けとった黄色の袈裟を身にまとい、グルネマンツと(新しい生を得た)クンドリーにも袈裟を手渡して、3人で(そして騎士たちの一部もまた)光の道を、奥へ、頂きへと進んでいく。

仏教を知る日本人ならばこの境地は理解できるはずと演出家は書く。確かに、人間性の完成、至高の存在を目指すこと、すなわち悟りである、という概念は理解しやすい。ただ、欧米人にとってのキリスト教が、世俗に堕し、歴史上犯してきた罪も大きく、もはや純粋な理念として解し得ないのと同様、日本人にとっても仏教への思いは複雑である。そのあたり、筆者には少々ナイーヴにすぎる筋書きであるように感じられた。特にパルジファルが聖杯騎士団の儀式(ティトゥレルの葬儀と聖杯開帳)に赴くまえに、グルネマンツから洗礼を受け、十字架への道行きを前にしたイエス・キリストと同じく、罪深き女(この場合はクンドリー)から香油を注がれ髪で足を洗われるというシーン(最もキリスト教的な!)を見たばかり。聖金曜日の喜びを歌い、キリストの脇腹を突きその血を受けたと伝えられる槍と杯の神聖性を最後まで謳いあげるグルネマンツの姿を見ても、幕切れのワーグナーの意図が、僧侶から袈裟を受けとって(得度して)の悟りの境地であるとは…… やはりそこに飛躍と違和感を感じるのは筆者だけではないだろう。
ちなみに、それに比べれば小さくも思われる改変は、主要人物の生き死ににも及んでいて、傷が癒えて再生するはずのアムフォルタスが死に、クンドリーは生き残ってパルジファルと共に歩みだす。クプファーの解釈に沿えば、確かにそれも有りの結末であろうと思う。

歌手陣はバランスが取れて、それぞれが特色ある声をフルに生かしての熱演だった。第2幕の、クンドリーとパルジファルの緊迫感あふれるやりとりはやはり聴きもので、オケに耳を惹きつけられる場面が多々あった(クリングゾルのロバート・ボークも、出番は少ないが堂々たる演唱で印象に残る)。クンドリーがかつて十字架刑のキリストを他の多くの群衆とともに嘲笑したと告白するシーン。嗤ってしまった!と言葉にするなり、はっと口をふさいだヘルリツィウスの表情。まるで居合わせた群衆が一瞬にして黙したかのようなオケの沈黙。その一瞬に、イエスとクンドリーの視線が絡み合う映像が目に浮かぶような、みごとな造形だった。

ただ、注文をつけるとするならば、オケも合唱も、ここぞというときには、細部を捨てて勢いに乗じるような大胆さと、豊かで強い響きが欲しい。全体に、瑞々しさや生気は十分にあって、丁寧な音楽づくりには好感をもったのだが、音力のレンジが狭いという印象である。特に騎士団の男声合唱は、演出上、紗幕を介して客席に響いてくるからか、物足りなかった。一方、クリングゾルの城でパルジファルを誘惑する女たちの重唱は、ピットに降りての熱演(舞台上にはダンサー)で、響きも十分、聴き応えがあった。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.