Concert Report #737

藝大21 和楽の美 邦楽絵巻「義経記―静と義経を巡って―」

2014年10月8日 東京藝術大学奏楽堂
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)



1.雅楽・日本舞踊
  「変奏曲―越殿楽今様―神泉苑 雨乞い」
   〜鞨鼓、琵琶、筝、笙、篳篥、竜笛、歌、日本舞踊、蔭囃子
2.義太夫・日本舞踊
  「義経千本桜―鳥居前・吉野山」
   〜浄瑠璃、三味線日本舞踊、蔭囃子
3.箏曲生田流・尺八・邦楽囃子
  「西海に沈む―春の海によせて」
   〜筝(独奏、第一、第二)、十七絃(1、2)、尺八、打物、蔭囃子
4.能楽
  「半能<船辨慶>より―知盛怨霊の件」
   〜平知盛の怨霊、武蔵坊辨慶、源義経、笛、小鼓、大鼓、太鼓、地謡
―――――――――休憩―――――――――
5.箏曲山田流・邦楽囃子・日本舞踊 
  「静」
  〜筝(第一、第二)、唄、十七絃、笛、小鼓、大鼓、日本舞踊、蔭囃子
6.能楽
  「安宅」より 弁慶勧進帳読上げの件
   〜謡、小鼓
7.長唄・邦楽囃子
  「安宅勧進帳」より
   〜唄、三味線、笛、小鼓、大鼓
8.和洋合奏
  フィナーレ

 正味2時間半を超える華やかにして、次から次へとゴージャスな場面転換で寛ぐ暇すらないほど見どころも満載の舞台。
 プログラムには邦楽絵巻とある。なるほど平安時代の絵巻物を思わせる色あでやかな衣装と変化に富んだ舞台構成のゆえもあって、少しも長さを感じさせないステージ展開だった。それだけ目と耳を楽しませる、邦楽ならではの奥深い歴史と音楽(芸能)の豊かさを示した充足感たっぷりの公演だったといってよく、アーティストの真摯な熱演と相まって詰めかけた邦楽ファンを堪能させたコンサートだった。
 藝大の邦楽セクション(演奏芸術センター企画)が例年総力を挙げて臨む、この<和楽の美>と銘打ったコンサートは今年で12回目だとか。雅楽に始まり、長唄、義太夫、箏曲、能楽、さらに日本舞踊を混じえた今年の<和楽の美>は、何といってもさまざまな形で物語の主人公として謡い語られ、悲劇のヒーローとして歌舞伎をはじめさまざまな分野で随一の人気を誇る源義経と愛妾だった静御前をテーマにプログラムを組んだことで一際人々の関心を集めたことは間違いないだろう。このテーマを最大限に活かす幾つかのアイディアを巧みに織り込みながら構成したことで、今回の<和楽の美>の成功に結びついたといってよい。例えば、義経に歌舞伎役者の中村又五郎、静に松竹劇団新派出の女優・山吹恭子を配し、舞台転換時に義経の背後にある歴史やさまざまなエピソードを語り風に披露させて舞台進行のアクセントとしたこと。『義経千本桜』や箏曲『静』に色あでやかな日本舞踊を配したり、ステージ背後のスクリーンを彩った映像美で舞台を盛り上げる一方、フィナーレでは70人近い邦楽とクラシックの演奏者で構成されたアンサンブルが松下功(芸大教授)の指揮のもとに熱演して有終の美を飾ったりと、意を尽くした演出で飽きさせなかったあたりはさすが総力を結集しただけのことはあると感心した。
 もうひとつあえて付け加えれば、音楽監督の山田流・萩岡松韻と生田流箏曲の第一人者・深海さとみがこの催しのために用意した新曲が聴衆にアピールしたことか。萩岡が総勢26人を従えて披露した『静』には山田流ならではの華やかな情緒が満開の桜のごとく咲き乱れる風情を醸し出し、そのため舞台が華やかに盛り上がる。一方の深海さとみの手になる『西海に沈む』。壇ノ浦の合戦で源氏の軍門に下り、西海に滅び去った平家の凄絶な最期をストレートに表現するかのような、深海さとみのパワーを全開させた生命力みなぎる筝のソロを中心に、蔭囃子を含む全22名の演奏者たちの息の合った熱闘ともいうべきプレイが聴くものに激しく迫って稀に見る聴きものではあった。この演奏の前半を飾る、いわば序奏に当たる名曲『春の海』(宮城道雄作曲)が、みずから手付けした藤原道山の哀愁を誘うかのごとき尺八演奏によって対照の妙を生み出した効果も大きい。そのリリシズムが中盤以降の、春の海変じて源平の合戦で血の海となった凄惨な西海を表出する深海らのプレイを対照的に引き立てた。
 演目次第をご覧いただいてお分かりの通り、コンサートは雅楽の『越殿楽変奏曲』で幕を開けたのだが、この<和楽の美>では義経ではなく静御前にスポットを当てた演出が異色といえば異色だった。この神泉苑の逸話は、大干魃の都を救うべく集められた白拍子の中で、最後に舞った静の雨乞いの舞いで大雨が降った伝説に基づく。その場にいた義経は静に惚れ込んだ。これが義経・静物語の序章となった。人形浄瑠璃や歌舞伎でもお馴染みの次の『義経千本桜』の有名な場面が「鳥居前」だが、義経の都落ちと平家武将たちの悲劇を描いた室町期の『義経記』によりながら義経と静かの別れを主軸にしている点で、静を軸に舞台を展開しようとした舞台監督の狙いが分かる。萩原松韻の書き下ろし『静』などはまさにその演出の意図に呼応した1曲であることはいうまでもない。その一方で能の『船辨慶』や『安宅』、長唄の『安宅勧進帳』などを含めて全体を眺めると、あえて静を軸にするのはちょっと強引の感がせぬでもないが‥‥‥。
 『義経千本桜』の機微を正攻法で語りあげた人間国宝・竹本駒之助の浄瑠璃を筆頭に、能楽『安宅』で勧進帳を読み上げる場面の武田孝史、この『安宅勧進帳』を長唄の邦楽囃子で披露した太棹の小島直文や唄の味見純、あるいは能の『船辨慶』で平知盛の怨霊を演じた関根知孝、等々。タイトル通り<和楽の美>をうたうにふさわしい伝統音楽の花園に咲き乱れる色とりどりの花々を愛でる気分を堪能した2時間余だった。同時に、源義経と静御前、とりわけ数々の軍功を立てて兄頼朝の信頼に応えながら、やがて頼朝の不興と怒りを買って追われる身となり、わずか31歳の生涯を奥州平泉で終えた源義経という悲劇の武将の幾多の逸話が、能や文楽、あるいは浄瑠璃や歌舞伎など室町時代以降の日本の芸能文化に題材として取り上げられて数々の名作を生む源泉となり、結果的に日本の芸能に想像を超えるほどの豊かな恵みをもたらしたことに着眼すれば、人の運命の不思議を思わずにはいられない。

悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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