Live Report #738

藤井郷子オーケストラTOKYO/番外オーケストラ公開録音コンサート

2014年10月10日 江古田 BUDDY
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
Photo by 臼井康浩(Yasuhiro Usui)



田村夏樹 福本佳仁 渡辺隆雄 城谷雄策 クリスチャン・プリュヴォ(tp)
はぐれ雲永松 高橋保行 古池寿浩(tb)
早坂紗知(as,ss)泉邦宏(as)松本健一(ts)木村昌哉(ts)吉田隆一(bs)
藤井郷子(p,指揮)
永田利樹(b)
堀越彰 ピーター・オリンズ(ds)

1.2014<仮題>(藤井郷子)
2.ジャスパー(田村夏樹)
3.ピース〜ケリー・チュルコに捧ぐ(藤井郷子)
4.ビギン・ヌンマー・アインツ(藤井郷子)

 田村夏樹・藤井郷子夫妻がいったいユニットを幾つ持っているのか、私にも分からない。彼らがガトー・リブレ、ファースト・ミーティング、ma - do、藤井郷子オーケストラの4グループのCD4種を同時発売して、しかもその当該4グループが入れ替わり立ち替わりライヴ演奏する前代未聞の離れ業をやってのけたのは2010年1月9日のことだった。あれから4年が経とうとしているとは思えないほど、私にはつい昨日のことのように思えてならないくらい、新鮮なまま脳裏の一角を占めている。そのときファースト・ミーティング、藤井郷子オーケストラ東京の両グループでギターを演奏していたのが、ケリー・チュルコという97年に来日して日本での演奏活動に励んでいたウクライナ系カナダ人のギター奏者だった。加藤崇之だったかに、彼のような男こそナイスガイといわしめたそのケリー・チュルコが今年の1月に突然亡くなった。江古田 BUDDY でのこのライヴはいわばチュルコの追悼コンサートでもあるだろう。しかし、標題で明らかなように、このライヴはオーケストラ東京の公開録音、すなわちCD化がスケジュールに乗っているライヴ録音コンサート。その収録予定の4曲(ファースト・セット)を私は実に興味深く聴いた。

 とはいえ、折から9月末から10月にかけて、夫妻は2011年にクヮルテットを組んで活動を繰り広げていたKAZEの日本ツアーを展開中で、翌11日に横濱ジャズプロムナード出演を最後とするツアーの最終盤にあった。上記のメンバーのカタカナ表記のミュージシャンがKAZE を構成するフランスのプレーヤーだが、この両異才を加えれば、オーケストラが異彩(駄洒落ではない)を放つだろうとは、彼らの優れた演奏能力を思えば私にも合点がいく。それはほぼ的中したし、それゆえもあって演奏はすこぶるエキサイティングだった。たとえば、長尺のオープニング曲で、プリュヴォがカデンツァ状の長い無伴奏ソロを提示するが、かといって藤井が2人のゲストを特別扱いしてフィーチュアしているわけではない。そんなことにうつつを抜かせばオーケストラ東京のカラーや個性に傷がつくことを彼女は充分に承知しているのだ。私があえて2人のゲストを構成メンバーと同列に扱った理由でもある。志半ばで他界したケリー・チュルコの不在と参加ゲストを除けば、あとのオケ・メンバーは前作『ザコパネ』(Libra/ボンバ)と同じ不動のメンバー。連中のことだから藤井郷子が何を言おうとしているか、言い換えればプレーヤーに何を要求しているかを即座に以心伝心でキャッチし、ソロはむろんアンサンブルでも藤井郷子独特の重厚に響かせるハーモニーを放出する術(すべ)を心得ている。公開録音の緊張感も感じさせず、演奏そのものもスムーズに運んだ。

 それにしても、冒頭のカデンツァでのプリュヴォの多彩な技法。一体どうやって出しているのか皆目分からないトランペット奏法で、かなり長いソロにもかかわらず飽きさせないどころか、興味津々で聴いてしまうほど。彼とピーター・オリンズに触発されて夫妻がKAZEの結成を思い立った理由がそこにあるだろう。プリュヴォの特殊奏法は、すぐ傍で演奏している藤井郷子にもどのようにして生み出しているのか想像すらできないと自身が首を捻るほど。私にその奏法の謎が分からなくても、どうやら当然らしい。テーマを含むパワフルで強烈なアンサンブルが終わると今度はピーター・オリンズと堀越彰のバトル。このアンサンブルとソロのチェイス風なリレーのパターンが高潮化して爆発寸前の盛り上がりを見せる。その間、田村夏樹、トロンボーンの古池寿浩、トランペットとトロンボーンの合戦にテナーの松本健一が参入するシーン、ベースの永田利樹のソロなど息つく暇もない。古池はプリュヴォに負けじと循環奏法で鮮やかなプレイを披露して唸らせた。田村が指揮をとる(2)以外は総じて藤井がピアノの椅子をあたためることはほとんどなく、指揮をとりながら指示や合図を送っているのが印象的だった。それだけ公開録音への彼女の真剣な取り組みへの意気込みと、この(1)を筆頭にほとんどが初披露の曲ばかりという緊張感のなせる業だったということだろう。

 次の<ジャスパー>が田村の作品。アルコ・ベースをバックに早坂紗知のソプラノがモチーフを提示し、そこへさまざまな楽器が滑り込んでくる雄大な表情のスケッチが素晴らしい。やがてアンサンブル合奏のクライマックスを経て潮が引いていく展開や、オープニングの風景が再び現れるところなど、田村の会心のスコアと聴いた。

 ここまで聴いて、ふと思った。これは“ジャズ・オーケストラによる交響的スケッチ”というべき作品ではないか。ビギンのリズムで藤井の洒脱なユーモアとベルリン風?のソフィスティケーションが肩を組むかのような(4)<ビギン・ヌンマー・アインツ>が終わった瞬間、“4つの楽章からなるジャズ・オーケストラによる交響的スケッチ”の感をさらに深くした。

 <ジャスパー>を聴き終えたところで、第3楽章ともいうべき次の曲はバラード・タイプと踏んだ私の予想を覆し、激烈なフリーな掛け合いが展開する1曲となった。彼女の説明で、何と<Peace>というタイトルを付されたこの作品が他界したケリー・チュルコへの献呈作品だと分かった。彼がカナダの音大のピアノ科に学んでいたころヘヴィ・メタルやノイズ・ミュージックと出会って夢中になったという事実を思い浮かべてはじめて、ノイズが暴れ回るこのサウンドの謎が解けたような気がした。

 このライヴ録音。CD化されて世に出るのがいつかは聞いていないが、常日頃のオーケストラ東京にKAZE のクリスチャン・プリュヴォとピ−ター・オリンズが加って、いつにない色彩とダイナミックスがプラスされ、刺激的な交響的スケッチとなったことだけは間違いない。

悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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