Concert Report #744

東京オペラプロデュース
ジョルダーノ『戯れ言の饗宴』

2014年10月25日 新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

指揮:時任康文
演出:馬場紀雄
管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団

【キャスト】
ジャンネット:松村英行
ネーリ:羽山晃生
ジネーヴラ:福田玲子

 1896年初演の《アンドレア・シェニエ》の大成功で、オペラ作曲家としての地位を確立したウンベルト・ジョルダーノ(1867〜1948)。その後、10作ほどのオペラを発表したあと、1924年にミラノ・スカラ座で初演した全4幕のヴェリズモ・オペラがこの作品である(原題 La Cena delle Beffe: Poema Drammatiko Opera)。指揮はトスカニーニ、歌手も当時の一流どころを揃えた、盛大な初演であったという。ただその後は上演の機会に恵まれず、1980年代から90年代にかけて、ヨーロッパで何度かの復活上演が見られたとのこと。筆者はこれまで、ジョルダーノは《アンドレア・シェニエ》一作しか知る機会がなく、しかも、あの抒情あふれる音楽で血なまぐさいヴェリズモ劇を描くとは、と、期待して出かけた。歌手たちの力のこもった演唱に支えられ、聴き応えのある、興味深い公演であった。

 物語はメディチ家華やかなりし頃の、15世紀のフィレンツェ。第1幕でさっそく、豪華王と称されたロレンツォ・デ・メディチの名が引き合いに出され、ロレンツォの命を受けたトルナクインチ(森田学)が、いがみあうジャンネット(松村英行)とネーリ(羽山晃生)に和解を勧めるため、宴を催す。美女ジネーヴラ(福田玲子)の奪い合いで、ネーリにさんざんに愚弄された過去をもつジャンネットは、和解に応じたふりで宴に来るが、内心は怨みと憤りにあふれ、復讐の念に燃えている。宴にはネーリの弟ガブリエッロ(西塚巧)も同席、こちらも実はジネーヴラに執心している。それを見抜いたジャンネットが兄弟のあいだに不和をしかけ、居たたまれなくなったガブリエッロはピサへと去っていく。

 ジネーヴラは今はネーリの女になっているが、第2幕、ジャンネットの奸計で彼と図らずも一夜を共にし、それを知らずに訪ねてきたネーリがジャンネット一党に捕縛され自由を奪われる様子を見て、今度はジャンネットになびいていく。大勢の男に言い寄られるのを当然と振る舞う美女――艶やかで、激情的で、純情さを持ち合わせながらも臨機応変のしたたかな女を、福田玲子が好演。
 第3幕、「狂った」という名目で地下室に監禁されたネーリ。怪しげな医師が登場し、治療のためのショック療法と称して、これまでネーリに散々な目に合わされた人々を呼び集め、縛られたネーリを責め立てる。しかしここで一人だけ、ネーリに裏切られたリザベッタ(羽山弘子)が、捨てきれない愛情を真率に歌う。彼女はネーリが本当は狂っていないことを知り、脱出のために、本当に狂ったふりをするよう助言。ネーリの(演技だが)哀れな有様を見たジャンネットは、さすがに狼狽し、自分の「悪ふざけ」が過ぎたことを詫び、「今夜、自分はジネーヴラを訪ねる。もしおまえが本当に狂っているなら来ないだろうし、正気ならば俺を殺しにくるだろう」と言い放って、ネーリを放逐する。

 終幕、ジネーヴラの館。侍女(菅原みずほ)に髪を整えてもらいながらジネーヴラが歌う。穏やかなひとときが、血相を変えたネーリが登場することで一変。ネーリは、やがて訪れるジャンネットを待ち伏せて殺すと宣言、ジネーヴラに寝室に下がるよう命令する。灯りの消えた館に、やがて男が忍んでくる。寝室で響く断末魔の声。しかしそれは、ジャンネットの奸計でピサから呼び寄せられた、ネーリの弟ガブリエッロだった。おまえが殺したのは弟だ、と冷たく言い放つジャンネット。ついに正気を失ったネーリは、真に自分を愛してくれたリザベッタの名を呟きながら、闇の中に消えていく。その姿を見てジャンネットは言葉を失い、立ち尽くす。この幕における、主役3人(松村英行、羽山晃生、福田玲子)の緊迫したるやりとりは、固唾をのむ迫力。聴き応えがあった。

 さて、このオペラ、非常に面白いものではあったのだが、不満が残るのは第3幕。しかしそれは、演出や、歌手たちの演唱の不足ではなく、もしかしたらジョルダーノの音楽に原因がありそうだ。
 ここは全幕で唯一の、ブッフォ(喜劇)の場面であり、かつ、唯一、真率な愛が歌われるシーンのはず。だが、その流れが、聴いている観客に自然に了解できないのである。このブッフォ・シーンのバカバカしさは、たとえばリヒャルト・シュトラウスの《バラの騎士》のオックス男爵の馬鹿騒ぎを思い起こさせる。オペラの進行に変化をつけ、観客の息抜きとしても必要なシーンと、ある意味、定石通りに台本作者(セム・ベネッリ)が入れたのかもしれない。しかし、前幕までの音楽があまりに真に迫っているせいか、観ている方は感情の転換ができず、笑うに笑えない。さらに、シリアス → ブッフォと来て、次は、真実の愛を歌うリザベッタが登場。ここもまた、素直に乗れない流れである。リザベッタはここにしか登場せず、唐突の感がぬぐえないし、歌手としても演技のしどころがなさそうだ。こういうところでは、つい、モーツァルトの、一瞬にして喜劇と悲劇が入れかわる転換の鮮やかさや、伏線の巧みさを思い出してしまう。

 幕切れ、狂ったネーリを呆然と見送るジャンネット。ただ、このオペラのタイトルが、もし、「『戯れ言』『悪ふざけ』のお祭り騒ぎ(饗宴)のつもりが、最大の悲劇を招く」という意味ならば、この幕切れはなるほど納得できる。でも、その「軽さ」や「思いがけなさ」が、台本ないしは音楽で表現できているか、どうか。観ていると、こうした結果になるのは当然で、それを見て最後に呆然とするジャンネットには、とても共感ができないのだが……。
 ヴェリズモの大ヒット作《カヴァレリア・ルスティカーナ》(1890年初演)や《道化師》(1892年初演)では、よけいなものを削ぎおとす潔さと、人間の愚かさを突き放して俯瞰する、透徹した視点があった。ベネッリ/ジョルダーノのこの作品は、そこになにか中途半端さ、ちぐはぐさがあるのかもしれない。

 もう一つ、すこし残念だったシーンは、終幕、悲劇が起こるまえの、侍女とジネーヴラのシーン。ここはヴェルディ《オテロ》(1887年初演)における、デズデモーナの〈柳の歌〜アヴェ・マリア〉へのオマージュを思わせる。近づく悲劇を予感して、底流にそこはかとない緊張感を漂わせつつ、あくまで軽く、女の罪のない(いや、実は罪なのだが)愚かさで歌われる、美しい歌。それが逆に哀切さを感じさせる印象的なシーンになるはず…。しかし今回の上演では、単純な、女ふたりの気楽で楽しいひととき、のようでもあった。演出か、演唱か、それとも音楽そのものによるものか。

 不満ばかりを書き連ねたようだが、全体として、水準の高い公演であったことは確かである。ジョルダーノの音楽は、もうどこを切ってもジョルダーノで、優れた作曲家は、一聴してそれとわかる響きを持つ、ということを改めて納得させてくれる。作劇の巧拙とか、物語の全体の意図など脇において、ただひたすら耽溺したいと思わせる美しさ。筆者は全幕を通して、いったい何度、「ああ、ジョルダーノ!」と心で叫んだことか。オーケストラの熱演がそれを可能にしたのであり、以上のようにさまざまなことを考えさせたのは、上演の力である。このような貴重な演目を取り上げ、高い水準の上演を成し遂げる、東京オペラプロデュースの気概に、改めて敬意を表したい。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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