Live Report #745

ポルタ・キウーサ(PORTA CHIUSA)meets メビウスの鳥

2014年10月30日 新宿ピットイン
Reported by 悠 雅彦 (Masahiko Yuh)
Photos by 菅原光宏 (Mitsu Sugawara) 

ポルタ・キウーサ+蜂谷真紀
Paed Conca(cl) Hans Koch(cl) Michael Thieke(cl) 蜂谷真紀(voice)

メビウスの鳥
Hugues Vincent(cello, effected-cello, objects)
蜂谷真紀(voice, effected-voice, piano, objects)

Paed Conca(cl) Hans Koch(cl) Michael Thieke(cl)
Hugues Vincent(cello) 蜂谷真紀(voice)

ヴォイス・インプロヴァイザーの面目躍如たる一夜

 少なくとも私にとっては、とあえて前置きした上で言わせてもらえば、驚くべき一夜だった。蜂谷真紀ナイトというべき一夜であってみれば、彼女が八面六臂のステージを繰り広げるのは当然といえば当然だが、それにしたって3つの異色のステージでまさに異色のヴォイス・インプロヴァイザーとしての実力を発揮してみせたのだ。誰もが目を丸くしたのではないか。たとえば、最初のポルタ・キウーサとの共演で披露した<Because Life Should Be So Wonderful>は演奏時間が約50分という大曲だが、ヴォーカルの蜂谷は全編にわたって指定されたマイクロトーン(微分音)を用いる至難なスコアを、ポルタ・キウーサの3人のメンバーと息を通わせ合いながら誠実に歌いきった。席に座って神経を集中させながら聴いても、実は彼女のクォータートーンという微分音が明快に耳を捉えるわけではない。にもかかわらず、3つの楽器(クラリネット)と彼女のヴォイスが、ときに薄いヴェールでおおわれた雪原の上を滑りながら会話し合うかのように、静寂の中でこだまの交差する微分音が生む美学を形作っていく格別な50分ではあった。どんな風の吹き回しか、私はふとオリヴィエ・メシアンが第二次大戦が始まって間もない40年だったか41年だったかに、ドイツ軍の捕虜収容所で作曲したという<世の終わりのための四重奏曲>の調べを思い浮かべた。むろんメシアン作品のような沈鬱と絶望がそこにあったわけではない。けれど、その沈黙と瞑想の底を這う静けさとほとんど違わないといってもあながち的外れではない静寂が漂っており、それが突然、私の耳をとらえたとしか言いようがない。
 ポルタ・キウーサは、パエド・コンカ(スイス)、ハンス・コッホ(スイス)、マイケル・ティーク(ドイツ)という、現在ヨーロッパで注目を集めている3人のクラリネット奏者からなるトリオ・ユニット。<Because 〜〜>は微分音を駆使したミステリアスな作品で、パエド・コンカが3年をかけて作曲したという大曲だという。譜面を見せてもらったが、随所にマイクロトーンの指定があるだけでなく、音列やさまざまな記号が散りばめられている。厄介極まりないこんな譜面と格闘している蜂谷が、休憩時にはこの譜面がなかったら歌えないわと半ば笑って話しているのを見ていると、むしろ彼女はこの難曲への挑戦を楽しんでいるみたいに私には思えるほど肚が据わっているようだった。曲はすべて譜面通りに運ばれ、蜂谷や3人のクラリネット奏者が譜面を離れてアドリブ・ソロをとったりする場面はまったくない。クラの3人はクラシック(現代音楽)との接点を持っている(いた)人たちだけに、ジャズ・プレイヤーが現代音楽と取り組んでいる図が思い浮かぶが、あるいはヨーロッパにおける今日のジャズの最先端が壁を越えて現代音楽と溶解しつつある状況の一端を垣間見たような気がした。蜂谷真紀がすでに以前からジャズの枠を超えて独自のヴォーカル活動を展開していることを思えば何ら不思議はないが、そうはいってもよほど音楽的トレーニングを積み、さまざまなレヴェルやジャンルの音楽にも強い関心と失敗を恐れぬ情熱を持ち続ける能力の持主でなければ、普通なら尻込みしそうなこれほどの難曲に挑戦できるわけがない。少なくともポルタ・キウーサにとっては微分音の繊細なゆらぎとエレクトリック・パンクの叫びは表現の単なる位相の違いでしかないのだろう。それは蜂谷にとっても同様であり、だからこそこの共演に聴かれる一体感が生まれたともいえるはずだ。時に危険信号のような音を発する彼らの音楽の背後にある不穏な空気は、今日の世界の不条理を告発しているのかもしれない。
 横浜の「エアジン」に始まって当夜の「ピットイン」で日本での共演をいったん終えた一行は、今度は息つく暇もなく彼女を伴って帰欧し、ヨーロッパでの演奏会に臨むとか。蜂谷にとっては初のヨーロッパ帯同公演。11月9日のバーゼルを皮切りに、ジュネーヴ、ベルン、チューリッヒなどスイス各都市を回る。当地でどんな反響を呼ぶだろうか(この評がアップされたとき、彼女はすでに帰国している)。
 一方、ユーグ・ヴァンサンはフランスのチェロ奏者。「メビウスの鳥」は蜂谷真紀とこのユーグ・ヴァンサンとのデュオで、昨年4月フランスはオルレアンのスタジオで吹き込んだという初CD『メビウスの鳥』(Airplane〜福中レコード)の成果の一端をこの夜、披露した。蜂谷は2本のマイクを使い分け、キーボードも使ってさまざまな表情と変化に富んだニュアンスに彩られたヴォイス・ワールドを展開。対するヴァンサンもアコースティックとエレクトリックのチェロを縦横に駆使して蜂谷のヴォーカルと絡み合い、対峙しあって、まさに「真剣な遊び」の賭けと丁々発止の面白さを爆発させた。何よりもポルタ・キウーサとの共演から一転して動の中に時おり垣間見せる官能の揺らぎを潜ませた蜂谷とヴァンサンの熱闘に圧倒された。CDの帯にあった通り、「大人の真剣な遊びの記録」、「夢は過激」、「ウイットは無国籍」を地でいくかのようなライヴだった。終盤、蜂谷がアコースティック・ピアノに向かい、ヴァンサンがボウイングでチェロを奏すると、あたかもヴァンサンの演奏に故ロストロポーヴィチの姿がダブって愉快だった。
 小休止の後、当夜の全出演者が一堂に会した。ここではポルタ・キウーサの面々も譜面から解放されてプレイする喜びを爆発させ、蜂谷真紀、ユーグ・ヴァンサンともども喜々としてフリー・ミュージックの大響宴を繰り広げて幕を閉じた。
 それにしても、蜂谷真紀のヴォーカル・スタイルはどう捉えて、どんなタイプのシンガーと考えたらよいのか。私がこれまでに聴いた広木光一、加藤崇之、田中信正らとの共演による彼女のヴォーカル・スタイルがそれぞれにまったく違うといってもいいほど幅が広いので、まだ名前を冠すことができないでいる。ときにはジャズともロックともつかず、単にインプロヴァイズド・ミュージックとしか捉えられないサウンドをも活きいきと遊んで、しかも聴く者にアピールできる。そこに蜂谷ならではの現在の真骨頂がある。そこでの彼女はもはや単なるシンガーでもヴォーカリストでもない。ステンドグラスから反射される光の屈折を思わせたり、ときには深い闇のしじまを縫って聞こえてくる密やかな溜息をしのばせる彼女の声は、それが表現の形をとって現れるとき、たとえばヴォイス・インストゥルメントとしかいいようがない。ときには破天荒で比類なく挑戦的でありながら、いかなるときも創造性を失わず、今を活きいきと輝いてみせる。<つむじが丸>でも聴いたように、ヴォイスを自在に操りながら、最初のラインに即興的ラインを瞬時に案出してハモっていくアイディアなど、一方でマイク、打楽器、小物(objects)、キーボードを駆使しながら独特のヴォイス・アートを繰り広げる蜂谷真紀からは、今後も目を離すことができないだろう。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著『ジャズCDの名盤』(文春新書)、『モダン・ジャズの群像』『ぼくのジャズ・アメリカ』(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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