Concert Report #747

細川俊夫『大鴉』

2014年10月27日 津田ホール
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)

指揮:川瀬賢太郎
メゾソプラノ:シャルロッテ・ヘレカント
演奏:アンサンブル・ルシリン
朗読:横内正
照明演出:佐藤美晴

【プログラム】
クロード・レナース:弦楽三重奏のための「稲妻の向こうで、赤」
トリスタン・ミュライユ:fl, vn, vc, pf のための「鐘の音を渡る葉ずえ」
マルセル・ロイター:cl, vla, pf のための「インターリュード」
ブルーノ・マントヴァーニ:fl とペタンク球のための「ホップラ」
(休憩)
エドガー・アラン・ポー『大鴉』朗読(横内正)
細川俊夫:「大鴉(The Raven)――メゾソプラノと12の奏者のためのモノドラマ」

 『大鴉』コンサート版の日本初演である。この作品は2012年にブリュッセルで世界初演され、同年、アムステルダムで2回目の上演が、今回の川瀬賢太郎の指揮で行われている。舞台版もこれまでにも2度、ルクセンブルクとパリで上演されているそうである。

 この公演の最大の呼び物は、もちろんこの『大鴉』なのだが、前半の小品群も、筆者には非常に面白かった。何よりも選曲の妙に感心。どれも面白く、さまざまな楽器の組み合わせで、アンサンブル・ルシリンの奏者たちの技術・感性をつぶさに味わうことができたのも、楽しかった。
 ミュライユ作品(1998)のタイトルは、もちろん、ドビュッシーのもじり。ただし音楽に直接的な影響は感じない。作者コメントの通り、「霊感の源」は「自然の美しさ」である。納得。小品なのだが、ミュライユが、コンサート音楽において他の作曲家とは別格の存在であることを改めて感じさせる曲であった。
 マントヴァーニは、それとは逆に、言ってみれば、素人くささ(もちろん意図されたものだが)を微笑ましく味わうような、温もりのある作品(2000)。「ペタンク」とはフランスで人気の屋外球技で使われる球だそうで、4人の奏者が両手に1つずつ、小さな銀の球を握って登場。かちかちかちと、「楽音」とはとうてい聞こえない響きなのだが、実にユーモラスで面白い。構成の巧さを感じさせる。奏者はもちろんアンサンブル・ルシリンの面々だが、(本来こうした楽器で本領を発揮するはずの)打楽器奏者よりも、リーダー役らしいピアニストのほうが、きびきび頑張って(?)演奏していたのが微笑ましかった。見た目も音楽も、ユーモラスな佳品。

 さて、『大鴉』である。
 原作はエドガー・アラン・ポーの小品。嵐の夜、ひとり家に引きこもって亡き恋人レノーアに思いを馳せる男。窓辺に一羽の鴉が現れ、呟くように鳴きつづける。その声は、男には、"Never more" としか聞こえない。レノーアの亡霊かと疑い、鴉の不気味な声と眼に、しだいに追い詰められていく男。
 細川作品の上演では、テクストの字幕はなし。その代わりというわけか、上演前に、俳優の横内正がポーの原作を朗読、これが大変おもしろく、字幕よりもイマジネーションのふくらむ、良いガイドとなった。
 細川はポーの作品に、能と本質的に通じる世界を見たという。人間中心ではなく、動物や植物あるいは霊界との境界があいまいで、その交流が自然に描かれる。ポーの原作では男であった主人公を女声に置き換えたのも、能においては女を男が演じるのと逆の関係にしたとのこと。
 ともかくも、エキサイティングな上演だった。器楽アンサンブルのシャープな演奏に、主人公を演じるシャルロッテ・ヘレカントの、魂の底から絞りだされるような情感あふれる声、声、声。時に呟き、時に絶叫し、哀願し、憤り、狂気をはらむ……。全編、歌いっぱなしのハードなモノローグで圧倒されるが、まったく飽きさせないのは、多彩な表現力ゆえだろう。たったひとりの内面の揺れ動きがこれほどまでのドラマになろうとは。その声と舞台姿とともに、長く記憶に残るであろう、素晴らしい公演だった。
 なお上演には、ごくシンプルな映像と照明が佐藤美晴によって加えられていた。ただ一度だけ、鴉の羽根を抽象化した映像が映し出されたのだが、この一瞬、筆者は心底ぞっとした。嵐の夜の不穏なざわめき、濡れた漆黒の羽根、生き物の生臭い匂いが、不気味に鈍く輝く鴉の眼が、まざまざと感じられたからである。シンプルで、最小限の変化であっても、これだけの効果をもつのだ。演出家の才気と、作品に対する読みの深さを感じさせられた一瞬であった。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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