Concert Report #748

藤井泰和/地歌演奏会〜第20回記念

2014年11月4日 紀尾井小ホール
Reported by 悠 雅彦 (Masahiko Yuh)

1. 越後獅子
藤井泰和(三絃替手)
川瀬露秋 滝澤郁子 藤井昭子/松枝久美子 小池郁子 渡辺明子 塚本徳 尾田桂子 竹内恵子 安藤啓子 市川トミ子/杉山朋子 尾葉石輝美 松野孝子 司城静子 石田博子 中小路奈都子 藤井佐和(以上、三絃本手)

2. 吾妻獅子
山勢松韻(筝)藤井泰和(三絃)

3. 御山獅子
米川文子(筝)藤井泰和(三絃)川瀬順輔(尺八)

まさに芸術選奨の最高賞受賞記念の演奏会にふさわしい一夜

 藤井泰和は平成25年度の芸術選奨(文化庁)で文部科学大臣賞に輝いた。1993年に第1回を催して以来、この地歌演奏会もついに第20回を迎えることになった。二重に目でたい演奏会となったことになる。私が彼の地歌に親しむようになったのもこの93年頃からと記憶する。以後、芸術祭の審査委員として初めてお伺いして以来お招きを受ければよほどの支障がないかぎり聴かせていただくようになったせいか、近年の成熟した彼の芸と風格を目の当たりにすると、20年という歳月が彼にとっていかに貴重な宝の年であったかがよく分かる。それを端的に示しているのが文字通り「地歌」特有の歌い方、とりわけ高音域の喉の使い方と節回しが、彼の今日の芸域に見合った熟達の境地を示すに至っていることだ。口はばったい言い方をお許しいただきたいが、私が藤井泰和の演奏会にはじめて伺ったときの高音域の声の不安定さがこの20年の歩みの中で克服されていった、その彼自身の精進と努力ゆえの今日の堂々たる舞台演奏を重ね合わせて、私自身も感無量であった。それほどこの夜の演奏は小さな瑕疵などまったく問題にしないほどの素晴らしさだった。まさに芸術選奨の最高賞受賞記念の演奏会にふさわしい一夜であった。
 会場も小ホールとはいえ超満員。この会場でかくも老若男女が席を埋め尽くした光景は初めて見た。そのため藤井泰和が会長をつとめる銀明会の所属会員はホール外でテレビ鑑賞に甘んじなければならないほどだったが、それだけ多くの人々が現在の彼の充実ぶりを認め、期待をかけていることを示す景観でもあったといってよいだろう。
 演目は上記記載をご覧の通り、地歌の中でも特異な作品群として知られる祝賀曲の獅子物が3曲。藤井泰和の受賞記念に最もふさわしい作品として獅子物が選ばれたことは容易に想像できるが、一方で獅子物といえば手事物として通っているように、器楽的に華やかにして至難なテクニックを発揮する手技作品でもあり、この夜でいえば藤井の三絃演奏の技術的真価が問われるプログラムだったということになる。
 ちなみに、獅子物に焦点を当てた地歌演奏会といえば、奇しくも約3ヶ月前の8月17日に藤井昭子さんが第70回<地歌Live>記念公演で演奏したプログラムと同表題であり、しかも当夜の3曲は<地歌Live>公演で演じられた5曲中の3曲と同じ演目だった。昭子さんは泰和氏の実の妹であり、最後の「御山獅子」では何と泰和氏が昭子さんとデュオを組んで演奏し、昭子さんが泰和氏の三絃につつましくも、しかし献身的に筝の演奏で寄り添い、とりわけ本調子の手事物で知られる菊岡検校(八重崎検校による筝の手)ならではの至難な手事には、「感銘を超えて手に汗にぎったほど」と本誌のライヴ・リポートで書きしるしたほど。当夜は筝の人間国宝・米川文子、尺八の川瀬順輔を得て、先掲<地歌Live>をしのぐといっても言い過ぎではないほどのテンションに富む熱い三曲合奏を披露して最後を飾ったのだ。たとえば手事に次ぐ「せき世義寺の夕景色〜」、「野辺の蛍や〜」、最終句の「朝熊山〜」における各冒頭のハイトーンの勘所といい、菊岡検校ならではの華麗この上ないテクニカルな技法や筝との息詰るような掛け合いの手事の応酬といい、藤井泰和の輝かしい今日の芸境を印象づける1曲だった。
 演奏会は「越後獅子」(峰崎勾当作曲)でふたを開けた。これはまた何と華やかな舞台か。一瞬目を奪われる。藤井泰和以外はズラリ女流演奏家ばかり、総勢18名。この18名のリーダーが川瀬露秋、滝澤郁子、実妹の藤井昭子で、あとの15名とともに三絃本手(藤井泰和は替手)を合奏する舞台は壮観といってもいいくらい。最も初期の手事物だが、三段構成の手事では2段目から3段にいたる手事が合奏といい歌といい迫力充分。とりわけテンションの持続する呼吸具合といい、一糸乱れぬ合奏といい、リズムを乱さず活きいきとバックアップする本手の至芸を支えた女性アンサンブルの健闘に拍手の花が咲いた。何やら櫻満開の図を思い浮かべて、優雅な気分になった。
 先きごろ山勢麻衣子演奏会で健在ぶりを示したばかりの山勢松韻の筝を得て、次の「吾妻獅子」でも藤井泰和は三絃を弾く。すなわち彼は全3曲にわたって三絃を演奏することになるが、そういえば彼が三絃以外の楽器を演奏する例がいたって少ない。想像するに、彼がいわゆる九州系の地歌演奏家で、第三者の想像を超えた三絃への執着心のなせる業ではないか、と。祖母の阿部桂子、母親で人間国宝の藤井久仁江へと流れてきた九州系地歌の血(伝統)を、彼が継承しつつある自覚の現れとも、あるいはその覚悟を示す形ともいっていいのではないだろうか。実妹の昭子さんが滅多に筝を演奏しないのも同様の理由によるのかもしれない。
 さて「吾妻獅子」(導入部が在原業平の東下りが歌の導入部にあり、東獅子とも書く)だが、これも「越後獅子」同様の峰崎勾当作曲作品。地歌が庶民の間に浸透し始めたころに、その「越後獅子」に続いて生まれた作品だろう。これも本調子手事物だが、これらの作品を嚆矢として「京もの」と呼ばれる手事物が続々と生まれることになる。その手事が前曲に輪をかけて長い。テンションを保ったまま三絃と筝の調和美が進行するさま、特にジャズでいう4小節交換や2小節交換を筝と三絃が交換し合う流れが実に気持よい。手事を終えて締めくくる最後の1節、「花やかに、乱れ乱るる妹背の道も〜」と歌う山勢松韻が驚くほど若々しい。この作品でも藤井の高音、特に「花の姿に吉原訛り〜」や「情けにかざす後朝に〜」、わけても「呉竹の、かざふ扇に〜」のナチュラルなハイトーン(勘所)が感動的。最後を締める歌詞をもじって、「変わらぬ声や(色や)、めでたけれ」とでも言おうか。
 プログラムに載っている藤井泰和自身の挨拶文は、当日(11月4日)が彼の55歳の誕生日で、加えて母の藤井久仁江が関西に自身の会を発足させたのが彼の誕生年だったという回想で始まっている。5歳で地歌の訓練を開始したという彼にとって、この祝賀すべき2014年11月4日は同時に彼の芸歴50年に当たるシンボリックな誕生日であり、記念演奏会だったということになる。やがて何年か月日が経って、彼が自身の歩みを振り返るとき、この夜の演奏会は彼にとって最も忘れがたい、宝物のような一夜となっているのではないだろうか。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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