Live Report #749

Red Bull Music Academy
Wails to Whispers

2014年10月17日 東京・六本木SuperDeluxe
Reported by 剛田 武 (Takeshi Goda)
Photos by Yusaku Aoki / Red Bull Content Pool except * by Takeshi Goda

WAILS TO WHISPERS
WAILS: OPEN 19:30, START 20:00-24:00
WHISPERS: 24:00-05:00

出 演:
WAILS:
不失者 (Haino Keiji Trio)
暴力温泉芸者
Masonna
Melt-Banana
MMMOOONNNOOO

WHISPERS:
Robert Rich
灰野敬二 with Hurdy Gurdy

今年の夏頃から、ネットやコンサート会場やライヴハウス店頭で「Red Bull Music Academy(RBMA)」というイベントの告知を目にするようになった。エナジードリンク「レッドブル」主催の音楽イベントだが、驚くべきはそのラインナップ。メインストリームではなく、ハウス、テクノ、ヒップホップ、エレクトロニカなどクラブ系アーティストを中心に、前衛ロック、フリージャズ、即興系のアーティスト名が並ぶアンダーグラウンドなイベントが、3週間に亘って開催された。

その中で「ノイズと静寂」をテーマに、筆者の好む前衛ロックとノイズ・アーティストが多数出演する『Wails to Whispers(“嘆きの音”から“ささやき”へ)』と題したオールナイト・イベントに参戦した。

最近夜が苦手で、深夜を過ぎるとすぐ寝落ちしてしまうので徹夜の公演は避けているのだが、このイベントの出演ラインナップを見て、おおーっと驚喜して即座に前売チケットを購入した。しかし、趣旨をイマイチ理解しておらず、三日前に開演時間を確認するために開いたSuperDeluxeのサイトに「寝袋持参」とさりげなく書いてあるのを発見し、頭にでっかいクエスチョンマークが浮かんだ。灰野敬二のハーディーガーディーを夜通し聴いてみたい気持ちは強いが、寝袋など持っておらず、いろいろ手を尽くしたが調達出来ない。主催者に問い合わせたところ「畳があるので寝袋はなくても参加できます」との返答にひと安心。愛用の枕と毛布持参で六本木に向かった。

会場内は、主催者の返答通り床一面に畳が敷いてあり、まるで柔道の道場か修行所のよう。インターナショナルなイベントなので外国人客が多数来場し、大震災前の六本木を思わせるコスモポリタンな雰囲気に包まれている。ステージ間近の畳の上に座り込み開演を待つ。

●MMMOOONNNOOO

20時になると、前触れもなくライヴがスタート。MMMOOONNNOOOはポルトガル人ラップトップ奏者Daniel Nevesのソロ・プロジェクト。エレクトロノイズ演奏は悪くはないが、畳に座ってステージを見上げるのは思いの外辛く、身体の節々が痛み集中出来ない。周りの観客も同じようで、モゾモゾ身体を動かしている。30分余りの演奏が終わるとすぐに立上がり、後ろの方へ移動する。休憩時間中も続々と来場者が入ってくる。

●Masonna

主催者からスタンディングでライヴを観るようアナウンスがあり、観客が全員立ち上がる。Masonna(マゾンナ)は大阪在住のノイズ・ミュージシャン、山崎マゾのソロ・プロジェクトで、80年代末から活動し、90年代に日本のノイズ/前衛ロックが世界的に人気を博した所謂「ジャパノイズ」の代表格として活躍した。そのライヴはいわばノイズ瞬間芸。数年前に観たワンマン公演は、満員スタンディング状態で開演まで1時間待たされた挙句、本編は3分で終了。なんだそれ?と思われるかもしれないが、凝縮された居合抜きのパフォーマンスは一見の価値がある。この日も恐らく3分もないであろうパフォーマンスを見逃すまいとオーディエンスが前方に押し寄せる。セッティングの際、暴れ易いようにマイクの高さやアンプの位置を調整する様子が興味深い。セッティングが終わり照明が暗くなった瞬間、長髪&フレアパンツの黒い影がステージに飛び出して、マイクスタンドを掴んでシャウトする...が音が出ない。いきなり過ぎてPAの操作が間に合わなかった模様。すぐに音が出て、山崎マゾがエフェクターを踏み爆音ノイズが炸裂する。ステージを駆け回りマイクを放り投げステージに倒れ込み客席にダイヴし、突風のようなパフォーマンスは一瞬で終了。熱狂の極みの3分間だった。

●暴力温泉芸者

イベント告知で「暴力温泉芸者」の名前を見たとき、さらにでっかいクエスチョンマークが頭に浮かんだ。ノイズ音楽家・映画評論家・小説家である中原昌也のデビュー当時のソロ・プロジェクト名だったが、1997年に「Hair Stylistics」名義に変更した筈。本人に会ったので理由を聞いたら、主催者からの要望とのこと。海外ではHair StylisticsよりもViolent Onsen Geisha(暴力温泉芸者)の名前の方が知られているからだろう。中原も余り拘りはないようで、今回だけという条件でOKしたそうだ。EMSシンセサイザーと多数のエフェクターによるアナログ機材を駆使した演奏は、昔の名前で出ているからではないだろうが、最近稀に見る密度の濃いパフォーンス。忙しく動き回りシンセやエフェクターのツマミを操作し、トレードマークのシャウトもキマる。場面転換の多いスタイルは、ノイズと呼ぶよりコラージュ/ミュージックコンクレートと呼ぶ方が相応しい。これほどストーリー性豊かな電子音楽を作り出すアーティストは他には思いつかない。

●Melt-Banana

Yako(vo)とAgata(g)を中心に90年代初頭に東京で結成されたロック・バンド、Melt-Banana(メルトバナナ)も90年代ジャパノイズの一角を担い、海外での人気が高い。その証拠に、セッティングの時から前方に外人客が増えて行く。ココからはバンドタイムと思い、楽しみにセッティングの様子を眺めていたが、一向にドラムを準備する様子がない。ステージ下手にPCがセットされているので、もしやと思ったら、やはりリズム隊不在のヴォーカルとギターの二人組になっていた。Yakoが手にしたカラフルな光を発するMIDIコントローラーでプリセット・ドラムを操りながら、トレードマークの高音シャウトを聴かせる。コントローラーを振るアクションと音が同期しているので、気合いが直に伝わり、視覚的にもスリリング極まりない。Agataのギターもバンド編成時と寸分変わらずアグレッシヴ。ドラムやベースがいなくても十分生身のロックンロールとして成り立っている。外人客に交じって激しいモッシュに参加。最高に気持ちがいい。後で聞いたら、筆者が最後に見た2011年2月の「I'LL BE YOUR MIRROR」フェスティバルの直後にリズム・セクションが抜け、それ以来二人組で活動しているとのこと。20年以上の活動歴を感じさせない若々しいYakoの美貌が魅力的。

●不失者(Haino Keiji Trio)

灰野敬二の活動の中核をなすバンド「不失者」名義だが、暴力温泉芸者と同じく、主催者が海外で有名な名義での出演を要望したという。全員長髪の不失者の現メンバーではなく、ステージに登場したのはスキンヘッドのべーシストと全身タトゥー&金髪ショートヘアーのドラマー。髪を後ろに結んだ灰野が合図すると、ドラムが激しいハードコア・ビートを叩き出し、フレットレス・ベースが激しいアクションで唸りを上げる。灰野も初っ端から爆音でギターを掻きむしる。三つ巴のバトルがクラスター化したノイズコア演奏が30分間続く激烈なステージ。灰野が2度程言葉を叫んだのみでほぼインスト演奏だった。余りに激しく強靭な演奏に、オーディエンスはMelt-Bananaを凌ぐ興奮状態。聴力が麻痺し目眩がするほど幻惑された。ベースは広瀬淳二(sax)等と共演する望月芳哲、ドラムは元G.I.S.M/現BLASTRTOのIronfist辰嶋。このイベントのための特別編成の「灰野敬二トリオ」だった。

灰野トリオの壮絶な演奏に気圧されたのかアンコールの拍手もなく第一部「WAILS」は終了。第二部「WHISPERS」の参加者だけが会場に残る。人数が3分の1に減り、畳に座ってちょうど良い人数。女性の参加者が意外に多いが、男女共にひとりでの参戦者が多く、奇妙な静けさが漂う。照明が暗くなり、壁面に蛍光ペンで書いた図絵がブラックライトで浮かび上がり、極北のオーロラのように見える。そのうち誰からともなく自然に畳に身を横たえる。20年前に西麻布のクラブでのアンビエントDJイベントでソファーやクッションに横になって環境音楽を聴いたことを思い出した。

●灰野敬二 with Hurdy Gurdy

午前1時近くなって灰野敬二がハーディーガーディーを抱えてステージに登場。静かな音でドローンを奏でる。初めは座って聴いていたが、そのうち横になり毛布に包まる。目を閉じて聴いていると、仄かなリバーヴの中に微細な音色が絡み合い、身体が浮き上がるような不思議な心地になる。半分眠った意識の中で、ひとりきりで宇宙に漂っているような孤独感を感じた。普段のライヴのように耳障りな軋音を発することなく、ハーディーガーディーはやさしい旋律で終わりを告げた。

*  

●Robert Rich

灰野が終了すると照明が一段と暗くなり、カリフォルニアのアンビエント音楽家ロバート・リッチが登場する。80年代から眠りの音楽を研究する瞑想ミュージックの専門家。「朝の5時までシンセサイザーを中心に演奏するので横になってリラックスして心を開いて音に身を任して下さい」といった趣旨説明に続いて、静かな電子音楽が流れ出す。クラウス・シュルツェを思わせるが、シュルツェの精神主義とは異なり、定まった思想や感情のない音楽。目を閉じて聴いていると、灰野の時の浮遊感ではなく、寝ている自分の身体の重みを感じる気がする。そのまま畳と同化してしまいそうだ。朦朧とした意識で考えるうちに眠りに落ち、目が覚めた時には、ロバートが演奏終了後のスピーチをしていた。 午前5時過ぎ、観客は三々五々帰宅の途につく。早朝の六本木は夜通し飲み明かしたサラリーマンや深夜業務明けらしき若い男女で思いの外ザワザワしていた。ノイズと静寂・・・両方を楽しみ、一夜を大勢の人と過ごした体験はなかなか面白かった。RBMAのユニークな企画に感謝したい。(剛田武)

剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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