Concert Report #751

ティル・フェルナー《ウィーンからの風16》

2014年11月5日 トッパンホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 大窪道治/写真提供トッパンホール

<演奏>
ティル・フェルナー(ピアノ)

<曲目>
モーツァルト:ロンドイ短調K511
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より
 前奏曲とフーガ第5番ニ長調BMV874
 前奏曲とフーガ第6番ニ短調BWV875
 前奏曲とフーガ第7番変ホ長調BWV876
 前奏曲とフーガ第8番嬰ニ短調BWV877
ハイドン:ソナタニ長調Hob.]Y-37
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集Op.6

アンコール/リスト:「巡礼の年1年:スイス」より「ワレンシュタット湖畔にて」

ティル・フェルナーは1972年、ウィーン生まれのピアニスト。本当に良い音楽を聴いたという満足感に浸ったリサイタルである。第1曲目のモーツァルトから、絶妙のテンポ感と自然な呼吸に惚れ惚れさせられる。このピアニストは、鬼面人を驚かすような解釈や独特の分り易い個性で聴かせる人ではなく、一聴したところ素朴な持ち味のある演奏をする。だからと言って「個性が薄い」などと勘違いしてはならない。客観的な演奏と聴こえるがその実、客観を突き詰めようとする意志が極まるとそれが逆に主観となる、そのような逆説を生きているようなピアニストに思えるのである。それは、例えば一般的には「分裂的」「見え隠れする狂気」などという、敢えて言えば非・音楽的なタームで語られがち・解釈されがちなシューマンの演奏においても感じられた。個人的にはまるでバッハのようなシューマン演奏だな、と思いながら聴いていたのだが、ありがちなシューマン演奏の「クリシェ」から逃れている新鮮極まりない名演だったし、ハイドンもまた見事であった。特に第3楽章では確かにプレストのテンポ指示があるものの、ただ速いだけではなくここまでの運動性を感じさせる演奏に出会うのも稀ではないか、と興奮させられたのだった(ハイドンで「興奮」というのも妙な話だが、実際そうであった。何人かの知人もやはり強い印象を受けたようだった)。そしてバッハにおいてはフーガの構築性を明確に打ち出しており、モダンピアノで聴くバッハの最良の形だと思わされる。ここまでの正規プログラム全4曲、押し付けがましい「個性」なるものではなく、さりげなくユニークで印象に残る演奏を成し遂げてしまうフェルナーというピアニスト、只者ではないと実感する。
最後にアンコールを弾いてくれた。リストの<ワレンシュタット湖畔にて>。シンプルで詩情に満ちた大変に美しい曲だが、演奏もまた上品、極上であった。この人の演奏で他のリストも聴いてみたい、とホールから有楽町線江戸川橋への帰途で何となく思っていたのだけれど、『ロ短調ソナタ』を弾くとすれば一体どうなるのか、と想像してみたのだった。イメージが湧きませんよね。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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