Live Report #755 |
リヴィオ・ミナフラ Livio Minafra ピアノ・ソロ |
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南イタリアの海へ、リヴィオのピアノは私達を誘(いざな)う。
「イタリアン・インスタビレ・オーケストラ(IIO)」を主宰するピーノ・ミナフラの息子、リヴィオ・ミナフラのピアノ・ソロ・コンサートを聴いた。
私の聴いた「IIO」のアルバムでは、イタリアの風土を織り交ぜた時にフリージャズの咆哮を感じさせる雑多な世界観が展開されていた。今回のピアニストは父親の影響を受けているはずだし、多彩なパーカッション等を同時に用いるということで、近い音楽が演奏されると期待していた。
それは違った。
観客席よりも一段高い舞台、そこには蓋を開けられたグランドピアノとその横の机に様々な楽器とも呼べない音源が並ぶ。リヴィオが登場して椅子に腰かけて弾きだしたその第一声は、そこに閃光が走ったかと思われるような、高音部のグリッサンドだった。
曲は徐々にそのリズム構造を明らかにし、高速の5拍子がAを通奏低音で奏される上で、口笛が鳥の歌を真似る。私たちはまるで、さわやかな風の吹く南イタリアの海辺で、カーテンが揺れるのを、波が打ち寄せるのを見ながら、鳥の歌に耳を傾けているかのよう。
この曲と次の曲の間に彼はこう話した。「夜と昼、そういった対極の関係が好きだ。この曲は自然について、次の曲は人々について」
2曲目は人々の踊り。譜面台に乗るパーカッションを合いの手のように効果的に使い、喧騒に包まれたバルの雰囲気が紡ぎだされる。イタリアならではのビゼーのハバネラが聞こえた。
3曲目、奈良のお寺を訪れた時に作ったという曲。ベルチャイムの糸を手で、口で引っ張って、おごそかな境内の風景を醸し出す。ここで、アドリブが基づくG#ドリアン(A♭では断じてない)の響きで、ドビュッシーのピアノ曲集「版画」の<塔>が頭をよぎる。
4曲目、「シュッシュッ、ポッポッ、って日本語では言いますね」と言って始めた曲は、汽車の乗客になった気分。剣の舞が、歓喜の歌が、通り過ぎる。高速で走る汽車の窓から見える目にもとまらない風景を表現するのに、テニスボールを高速で動かして鍵盤を弾くのは笑った。ベース音はかかとで弾いた。
5曲目、Cペダル上での音の遊び。南イタリアの海岸の風景が見えた気がする、とマネージャーのDomenico Codutoにメールしたら、「教会の鐘楼からの正午の南イタリア海岸の音をイメージしている」と返答があり、納得。
コンサートは、続く。次の曲は、イタリア人の彼が感じるコーランの祈り。南イタリアがイスラム教を身近に感じているとは初めて知った。また、観客に持っているカギを出させ、リヴィオの指揮に合わせて鍵音で演奏に参加させたり(ここでボレロの引用があったのは何なのだろうか)、20年前十代の時に書いたという難曲、膝に乗せたおもちゃのピアノでメロディーを弾きながら退場した現地のフォークソングのテイストの曲、それらが奏された。
アンコールを求める観に応じて出てきた彼は、舞台に近い青年を一人指名して、「曲が始まって合図をしたら、ピアノの廻りのものをピアノの中に入れて下さい」と指示をした。パーカッションを、テニスボールを、ペットボトルを、その青年が不安げにピアノの弦の上に敷き詰める。曲が進むにつれ、ジョン・ケージが用いたプリぺアド・ピアノのように、くすんだ音が流れ出す。ものがすべて入ってしまい、曲が終わった。まるで、私のピアノにはすべてが入っているんです、それは音を軋ませることもあるかもしれないけど、そこに流れる音楽(人生)は、それに影響を受け時にはねのけ、続いて行くのです、とでも言いたげに。
リヴィオの歌は、ナポリ民謡ではなく、カンツォーネでもなく、そこに存在する30代の人間が受け止めたものを印象主義者のようにエレガントに表出するものであった。クロード・ドビュッシーの<海>は、南仏の地中海を描いたものと言われるが、リヴィオはフランスの隣の国の海をピアノで表現、いや、ドビュッシーのテイストを参照しながら海の印象をピアノで表現した画家であると言える。そこには土着的な泥臭さは無く、常に人間として成長し続ける一ピアニストが見つめる世界を、洗練された音楽、音の戯れで、自分に、自分が囲まれている世界に、演奏を通じて淡々と語っている。
終演後、リヴィオは自分の音楽の出自について、音楽学校で勉強しながら(卒業試験はラヴェルの<夜のガスパール>とのこと)、同時に、自分のピアノミュージックを構築するよう努めたと話していた。その時々がその局面であり成果であると言えるが、その根底には、音楽どうこうよりもこの世界が何なのか考えなさいと言う、父親ピーノの存在があるように思える。
彼が来たイタリアのプーリア地方、行ったことはないが、オリーブの名産地でオリーブオイルが美味しいとこのこと。リヴィオに教えてもらった現地名産のワインの銘柄を種々楽しみながら、美味しい料理と彼の音楽で時を過ごせることがあるのを楽しみにしたい。
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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