Live Report #762

上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat.アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス『ALIVE』 日本ツアー2014

2014年12月7日 東京国際フォーラム
Reported by 剛田武(Takeshi Goda)
Photos by 広瀬誠 (Makoto Hirose)

上原ひろみ Hiromi Uehara (p)
アンソニー・ジャクソン Anthony Jackson (b)
サイモン・フィリップス Simon Phillips (ds)

Set List
1. WARRIOR
2. PLAYER
3. DREAMER
4. SEEKER
5. Flashback
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6. MOVE
7. WANDERER
8. Margarita!
9. FIREFLY
10.ALIVE
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11.SPIRIT

今や日本で最も有名なジャズ演奏家が上原ひろみであることは、誰しも認めるところであろう。最新アルバム『ALIVE』はオリコン週間CDアルバム・ランキングの11位にランクイン。11月21日から1カ月に亘った日本ツアーは、キャパ5000人の東京国際フォーラム3デイズを含む全国21公演が完全ソールドアウト。地上波のテレビ人気番組にいくつも出演。世界的に見ても現代ジャズ界の稼ぎ頭筆頭に間違いない。

キャパ数十人規模の地下クラブに通い詰め、ジャンルやセールスに無関係に自己表現に勤しむ独立独歩の演奏家をこよなく愛するジャズの落ちこぼれの筆者は、しかし上原ひろみを10年以上聴き続けてきた。売れる売れないにかかわらず、上原の特異な存在感に興味を惹かれているからに他ならない。ライヴ評コーナーであるが、実際のライヴに即したレポートではなく、筆者の主観に基づいた「上原ひろみ観」もしくは「ひろみ妄想」を綴らせていただきたい。

上原ひろみの何処が特異かというと、東京国際フォーラム公演終演後の観客の会話が⇒30代女性(嬉しそうに)「あ〜すっごく疲れました」⇒60代男性(満面の笑顔で)「そうだろー。肩が凝っちゃうんだよねえ」・・・野外のオールスタンディングでモッシュの激しいロックならまだしも、屋内着席のジャズ・コンサートである。クッションの効いた座席にのんびり座っているのに疲労するのは何故か?かくいう筆者も2時間余りに亘って極度の緊張に晒されて、観終わった後身体の節々が痛かった。どこかに余計な力が入っていたのだろう。緊張というより緊縛か。一瞬たりとも気を抜けない超高密度のバトルに精神的亀甲縛りの責め苦を受けている状態なのである。

上原はステージMCで「大部分が即興演奏なので、今日ここでこの瞬間にしか生まれない時間を楽しんでください」と語ったが、まさにその通り。CDやDVDとは全く違う生演奏の迫力は5000人の大ホールを一瞬にして狭いジャズクラブに変えてしまった。というのはどんなにステージから遠くても、トリオの演奏にはあたかも目の前で奏でているかのような血の飛沫と丁々発止の喧噪を肉感出来るのである。脳髄に直腸浣腸されたかの如く前頭葉が痙攣する快感。

このような責め苦を自ら進んで享受しようという人が1万5千人、いや日本全公演でのべ5万人以上も存在するという事実は、度重なる自然災害に屈せず生き抜いて来たにも拘らず、国民不在で繰り広げられる政治劇、一般庶民は誰も得をしない経済政策などの連続で、日本国民がすっかりマゾヒストの快感を覚えてしまった証拠であろうか?

しかし、「ピアノを弾くひとりパフューム」こと上原ひろみがサディストという訳ではない。隣には「太鼓を叩くラモス瑠偉」ことサイモン・フィリップスと、「ウクレレの代わりにベースを持ったKONISHIKI」ことアンソニー・ジャクソンという二人の冷酷な求道家が顔を並べる。一緒に世界中を旅するザ・トリオ・プロジェクトの日本での一番のお楽しみは食事だという。特にラーメン、カレー、丼物などファストフードからインスピレーションを得るらしい。医食同源ではなく「音食同源」なのがひろみイズムなのだろう。

そんなお茶目な三人が楽器を前にして三つ巴のタッグを組んだ途端、ステージは修羅場と化す。激しいヘッドバンギングと共に上原が繰り出す複雑怪奇な変拍子の嵐が、二人の鬼により強化・拡張・増幅された跡には、累々と横たわるフレーズの屍が残されるのみ。その死骸は地に伏すと同時にゾンビのように蘇り容赦なく聴き手に襲いかかる。その間にも三人の死闘は続いているので、ゾンビの残響と生きた音塊とがオーディエンスの頭の中で絡み合い反発しあい、頭蓋を破壊せんと暴れ回る。何よりも恐ろしいのは、三人が輝くような笑顔で意気揚々とこの殺戮行為を行っていることである。ここまで厳しくここまで破壊的でここまで生の喜びに満ちたテロリズムが存在しただろうか。

上原によれば「私たち三人はライヴ演奏しているときこそ『生きている』ことを実感します。ライヴは三人だけではできません。今日ここに集まってくださった皆さんがいるからこそ『ライヴ』が成立します。皆さんのお蔭で私たちは今日も『生きる』ことが出来ます」。

つまりこの三人は「観客」の存在がなければ生きていけないのである。

前号の「このライヴ/コンサート 2014(国内編)」で取り上げた「JAZZ非常階段+JAZZBiS階段」をはじめ、これまでロック、ジャズ、極端音楽、アイドルなどのライヴ現場で筆者が受けた大きな衝撃は、演奏者の演奏だけではなく、オーディエンス・観客が生み出すパワーによる強烈な「生命力体験」によるものであった。それを肯定するかのように、観客の力で「生かされている」ことを認める「上原ひろみ」「アンソニー・ジャクソン」「サイモン・フィリップス」の三位一体の霊魂は、観客が存在しない日常生活を「食事」に救いを求めてやり過ごしているのかもしれない。

上原はアルバム・タイトル曲<ALIVE>の演奏前に「ライヴが終わった後も皆さんに生き続けていただきたいので申し上げます。シートベルトをお締めください」と注意を促したが、自らも、(シートベルトなしで)演奏することにより「生き続け」られる喜びを噛みしめていたに違いない。

ジャズやクラシックといえば「癒し」「ヒーリング」などと紐づけられてメディアや大衆の興味を惹きつけることが多いが、その正反対に位置する「エナジーチャージアート」の極致がこのトリオであり、本来なら、かつて風営法で禁止されていた「男女がペアになり」「肩が揺れ」「踵が浮いた」肉体動作(=ダンス)を実践しながら、マゾヒストの如く享楽に耽りつつ楽しむべきものなのかも知れない。

剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。レコード会社勤務。
ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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