Live Report #763

Hiromi The Trio Project featuring Anthony Jackson and Simon Phillips
Alive Japan Tour 2014
上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat.アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス『Alive』 ジャパンツアー2014

2014年12月6日 東京国際フォーラム ホールA
Reported by 神野秀雄 (Hideo Kanno)
photo by 広瀬誠 (Makoto Hirose)

上原ひろみ Hiromi (p, synth)
アンソニー・ジャクソン Anthony Jackson (contrabass guitar)
サイモン・フィリップス Simon Phillips (ds)

Set List
1. Warrior
2. Player
3. Dreamer
4. Seeker
5. Move
-------------
6. Voice
7. Wanderer
8. Margarita!
9. Firefly
10. Alive
-------------
11. Life Goes On

作曲:上原ひろみ
※5、8は『Move』(2013)、6は『Voice』(2011)、それ以外は『Alive』(2014)に収録

ピアノの美しい響きが印象に残る、さらに進化したザ・トリオ・プロジェクト

 恒例となった年末の上原ひろみのザ・トリオ・プロジェクトツアー。このコンサートを聴いて心に充電しないと年が越せないというファンも少なくないに違いない。今年は18カ所21公演、東京国際フォーラムはこれまでの2公演から3公演になりソールドアウト。計15,000人を越え、これは横浜アリーナや日本武道館の規模に匹敵する。誰の耳にも優しい音楽でもないし、メディアの強力な後押しがある訳でもないのに、客層はジャズファンに限らず、実に幅広く老若男女だが若い層に厚い。2003年バークリー音楽大学在学中に『Another Mind』(TERAC)でデビューしてから11年。当時このCDに打ちのめされたが、11年後にこれだけの拡がりを見せるとは想像もできなかった。『The Stanley Clarke Band featuring Hiromi』(Heads Up)でグラミー賞を受賞。ブルーノート・ニューヨークの6日間公演を9年連続で実現し、「ダウンビート」誌の表紙を飾る。現在の日本出身ジャズミュージシャンの中でひろみが最も活躍する存在であることは間違いないし、興行的にもモンスターだが、もはや突然変異種ではなく、多くの人に愛され、後続のミュージシャンにも大きな影響を及ぼす存在となっている。

 「北はデンマークから、南はアルゼンチンまでこの3人で旅してきました!」とMCで語ったように2014年も過密な旅をともにしてきた上原ひろみ、アンソニー・ジャクソン、サイモン・フィリップス。私はモントルー・ジャズ・フェスティバル、東京JAZZときて、東京国際フォーラムで3回目、その2014年の旅の集大成を耳にすることになった。
 1曲目は<Warrior>、ピアノとコントラバスギターで静かに始まるイントロ。そしてサイモンのドラムが加わって変拍子の力強いリフへ、そしてサビではゆったりと歌い上げる。3者のリズムとフレーズが絶妙にからみあいながらストーリーが進行する。ひろみの曲の魅力がつまった1曲がすぐに会場の心を掴んでしまう。1曲目にして驚かされたのは、ひろみのピアノの音の変化であり、これまでにない美しい響きが心に沁み入る。曲やテクニック以前にひろみのピアノの音色を聴くことが楽しみになる。アンソニーもサイモンもバカテクである以前に美しい音と歌を奏でる名手たちであり、トリオが根本的な魅力を増し、より高い次元へ突き進んでいることを実感する。YAMAHA CF-X、この革新的なダイナミックレンジを持つピアノは、強力な武器であると同時に発展途上であり、全音域をバランスよく連続性をもって美しく鳴らすのは簡単ではないと感じていたが、ひろみはCF-Xを完全に自分のものにしているようだ。
 <Player>もスリリングな出だしながら、フォービートでのソロの展開など、モダンジャズ的な響きとスピード感を両立させたダイナミックな演奏。<Seeker>ではリラックスした雰囲気の中でしっとり歌い上げる。こういうシンプルな曲の中で表現力の深さ、ダイナミックレンジの広さ、ファンキーな歌心など、トリオの実力が際立つ。<Move>は、目覚まし時計のアラームを模したフレーズに始まり1日が動き出す。誰もがいちばん苦手な瞬間の描写から躍動感と生命感に導き、観客に感情移入させながら実生活へのエネルギーを贈るひろみらしい1曲。この心地よい余韻の中、休憩に入る。

 後半は、ザ・トリオ・プロジェクトの最初の録音となった2011年の『Voice』からタイトル曲<Voice>にはじまり、このトリオを初めて聴いたときの衝撃が新鮮に甦る。スピード感と特別なグルーヴを伴った演奏に会場は熱狂する。<Wanderer><Margarita!>と続き、アンソニーとサイモンがはけて、ひろみのピアノソロで<Firefly>。バラードを美しいピアノでじっくり聴かせてくれる。アルバムのセルフライナーノーツには「過ぎ行く時間(とき)。まるで夢だったと言わんばかりに。」と書いていたが、心なしか日本的な風景が脳裏に浮かび、自分の故郷にも想いが及ぶ、それだけ切なく深みのある演奏だった。そして、ひろみが笑顔で「みなさまシートベルトをお締めください。」と言うと、真剣な表情でピアノに向かう。「生きる」をイメージした最新アルバム『Alive』からタイトル曲で最後のセットを締める。これまでの曲もそうだがこれまで以上に変拍子が炸裂し、サイモンの緻密でダイナミックなドラミングが光り、アンソニーのベースが強烈なグルーヴを生み、ひろみのピアノが駆け回る。そして会場の盛り上がりは最高潮に達した。

 スタンディングオベーションに応えて演奏された<Life Goes On>。『Alive』でも最後の曲であり、アルバムのセルフライナーノーツに「人生は続いて行く。何があろうとも。だから進むしかない」と書き添えられている。毎日の暮らしを前向きに生きて行くことへのひろみから聴き手へのメッセージ。2014年を締め括り、2015年へ向かって行く観客へ3人がエネルギーと感謝を送り届ける1曲だった。そして年齢も音楽的嗜好も幅広いと思われる観客が、3人からたくさんのエネルギーを受け止めて、それぞれ笑顔で帰って行くのを見るとこちらも嬉しくなる。
 残念だったのは、力強いアンコールの拍手への一方、そのアンコールが終わると会場からの脱出に出遅れることを心配して拍手もそこそこに帰ってしまう人が多いこと。これは東京ドームやアリーナでのコンサートに日頃行っている客層の多さの表れでもあり興味深い現象だが、終電の時間でもないので、余韻をもう少し楽しんでもらえたらと思った。また『Alive』収録曲を中心に進行に関していえば、誰もがアルバムを聴き込んでいる訳ではないので、ひろみが曲に込めたストーリーと想いをMCで適度に伝えるとより感情移入しやすくてよいかも知れないと思った。

 9月の「東京JAZZ」のレポートで、私の個人的感性レベルでトリオの音楽をうまく受け止めきれなかった瞬間のこと、クラスター多用への違和感、進行についてなどに触れた。今回のコンサートではそういった強い違和感を感じることはなく、素直にひろみの音楽を受け止めることができた。それだけでなく、さまざまな点でより完成度の高いコンサートに進化していたと感じた。コントロールしきれない点が多いフェスティバルと自らのコンサートの違いもあり、すでにできていたことなのかも知れないが。
 ひろみ、アンソニー、サイモンが、ライブの中で生き、そして世界中どこへ行ってもその観客とのコミュニケーションに最大限の歓びと感謝をもってきた3人が昇りつめていく境地、音楽と人にどこまでも謙虚で誠実で前向きな3つの人格がコンサートに体現され、観客を温かくもてなす。またひろみの作曲により多様性と深みが増していることもより深い満足感につながっている。ひろみの音楽とザ・トリオ・プロジェクトの止まらない進化からまだまだ目が離せない。2015年にどんな新しい音を聴かせてくれるのか楽しみだ。

【関連リンク】
上原ひろみ オフィシャル・ウェブサイト
http://www.hiromiuehara.com
ユニバーサル・ミュージック 上原ひろみ
http://www.universal-music.co.jp/hiromi-uehara/

【JT関連リンク】
『上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト/ALIVE』
http://www.jazztokyo.com/five/five1093.html
東京JAZZ 2014
http://www.jazztokyo.com/live_report/report739.html
Montreux Jazz Festival 2014 - Japan Day
http://www.jazztokyo.com/live_report/report728.html
サイモン・フィリップス “プロトコル II” コットンクラブ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report702.html

Alive (2014) Move (2013) Voice(2011)

神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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