Concert Report #765

岡田博美ピアノ・リサイタル2014

2014年12月13日 東京文化会館小ホール
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)

<曲目>
ショパン:
 バラード第2番へ長調Op.38
 即興曲嬰ハ短調(幻想即興曲)
 マズルカへ短調(遺作)
 ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」
スクリャービン:
 左手のためのプレリュードとノクターンOp.9
 悪魔的詩曲Op.36
 ソナタ第5番Op.53
 3つのエチュードOp.65
 ソナタ第9番Op.68「黒ミサ」

<アンコール>
スクリャービン:アルバム・リーフOp.45-1
ショパン:エチュードOp.10-4
スクリャービン:エチュードOp.2-1

 1982年マリア・カナルス国際コンクール優勝、84年よりロンドン在住で、ソロ、室内楽に精力的な活躍を続ける実力派、岡田博美。古典から現代曲まで幅広いレパートリーを誇るが、今回は《悪魔のささやき〜ショパンとスクリャービン》と題し、二人の作曲家の一種、尋常ならざる音景を克明に描き出してみせた。「悪魔」と言っても、たとえば最後に弾かれた『黒ミサ』(邪悪なミサ)が、スクリャービンの言うような毒をふくんだ悪魔のデモーニッシュな跳梁にはならず、うっすら透明な幻想に彩られ、妖気を放つものであったように、岡田のピアニズムはあくまで洗練の中に、二人の作曲家の音楽的魔性を掘り起こす。いかにも岡田らしいアプローチである。
 前半のショパンはポピュラーな作品ばかりが並んだが、どれもに、ショパンの内面の疼きが感触され、紡がれる歌は、かすかな傷みをともなってやるせない放物線を描く。ありがちな感傷とは無縁の上質なセンチメントの揺曳(ようえい)。とりわけ死の床で書かれた絶筆『マズルカ』の弱音世界の胸しめつけるような独白は繊細の極み。こういう「儚さ」を弾かせたら天下一品、と改めて感じ入る。一方、『葬送』の終楽章プレストでの、鍵盤のうえを滑るほとんど弱奏だけの蠢くような音の連なりに、異様な軽さと、ただならぬ気配とが横溢して、まさに魔的であった。
 後半のスクリャービンは、ショパンに傾倒したこの作曲家が神秘主義へと足を踏み入れてゆく過程を辿る配列となっている。なかでは、ショパン風筆致から脱し、神秘的スタイルに歩を進めた『ソナタ第5番』が秀逸。神秘世界への誘いと忘我のエクスタシー、神との合一のプロセスを単一楽章のなかに起伏豊かに描く。高音のクリスタルな神秘的響きは悪魔というより天界からの甘露のしずく。軽快なノリの語調から、火を噴くような怒濤の追い込みまで、変幻自在、めくるめくスクリャービンの魔界がくっきりと現前した。随所に現代曲で見せる岡田の怜悧なセンスが生きて、圧巻の演奏。最後の打音にとびつくようにかかったブラボーも納得の出来であった。
 岡田のピアノにはどんなにフォルティシモで激昂しても、甘美な歌に濡れそぼっても、すっと身をかわすひんやりした芯がある。いわば冷たい情熱。それがこの日のショパンとスクリャービンの「魔」にぴたりとはまった。
 このコンサート、土曜のマチネでほぼ満員だったが、ほとんど曲ごとの同一人物によるブラボーに、熱心なファンの存在を知る。が、あまりひんぱんに叫ばれると興を削がれる。ファンなら他の聴衆の気分にも配慮してほしいものだ。

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。東京音楽ペンクラブ会員。本誌副編集長。

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