Concert Report #766

日本舞踊 × オーケストラ Vol.2

2014年12月13日 東京文化会館大ホール
Reported by 悠 雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by Katsumi Kajiyama/写真提供:東京文化会館

構成・演出:花柳壽輔
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:園田隆一郎

1.葵の上(源氏物語より)
音楽:黛敏郎作曲「BUGAKU」より第2部&「呪」(筝:萩岡未貴、萩岡信乃)
振付:藤陰静枝
出演:市川ぼたん(葵の上)、花柳寿楽(光源氏)、藤間恵都子(六條御息所)、
花柳大日翠(巫女)、坂東三信之輔(横川の聖)/西川一右、西川扇重郎。西川扇衛仁、西川大樹、花柳克昂、花柳貴柏、花柳九州光、花柳寿々彦、花柳寿美蔵、花柳静久郎、花柳近彦、花柳昌克、花柳昌鳳生、花柳楽人、藤間仁鳳、藤間豊彦、藤間直三、若柳吉央、若柳吉優亮、若柳三十郎(葵祭りの仕丁)

2.ライラックガーデン
音楽:ショーソン作曲「詩曲」(ヴァイオリン:三浦章宏)
振付:五條珠實
出演:藤間蘭黄(男爵)、水木佑歌(その愛人)、尾上紫(伯爵令嬢)、花柳源九郎(書館の女)

3.いざやかぶかん
音楽:ガーシュウィン作曲・歌劇「ポーギーとベス」より組曲「キャットフィッシュ・ロウ」(スティーヴン・D・ボーエン編曲) 
   振付:若央りさ
振付補:花柳達真
出演:轟悠(お国/山三)
花柳ツル、坂東里子、坂東はつ花、坂東幸奈、藤陰静寿、藤陰美湖、藤間爽子、
水木扇升(お国歌舞伎の女)
花柳和あやさ、花柳喜衛文華、花柳吉史加、花柳貴代人、花柳笹公、花柳秀衛、
花柳せいら、花柳奈卯女、藤間京之助、藤間蘭翔(遊女歌舞伎の女)
吾妻豊太郎、五條珠太郎、西川扇左衛門、花柳登貴太郎、若柳吉優、若柳里次朗(若衆歌舞伎)
花柳琴臣、花柳輔蔵、藤間勘護、藤間達也(野郎歌舞伎)
市山松扇、猿若清三郎、花の本海、花柳寿太一郎、花柳典幸、松風光陽(傾く男)
五條詠佳、五條詠絹、五條珠雀、西川申晶、藤間紫乃弥、若柳美香康(傾く女)
美術:横尾忠則

4.パピヨン
音楽:ドビュッシー「夜想曲」より(合唱:新国立劇場合唱団〜指揮:河原哲也)
振付:花柳壽輔
出演:花柳壽輔(保名)、麻実れい(蝶の精)
衣装:森英恵

5.ボレロ
音楽:ラヴェル「ボレロ」
空間構成・振付:アレッシオ・シルヴェストリン
振付:花柳輔太郎
出演:吉田都
吾妻豊太郎、市山松扇、五條珠太郎、猿若清三郎、西川扇左衛門、西川扇重郎、西川扇衛仁、西川大樹、花柳克昂、花柳貴柏、花柳九州光、花柳琴臣、花柳寿太一郎、花柳輔蔵、花柳寿々彦、花柳寿美蔵、花柳静久郎、花柳近彦、花柳登貴太郎、花柳典幸、花柳昌克、花柳昌鳳生、花柳楽人、藤間勘護、藤間仁鳳、藤間達也、藤間豊彦、藤間直三、松風光陽、若柳吉央、若柳吉優、若柳吉優亮、若柳里次朗、若柳三十郎

 目でも耳でも思う存分堪能できたゴージャスな一夜だった。
 全演目を見終えて、興奮醒めやらぬ中で、ふと脳裏をよぎったのは、19世紀半ば頃から20世紀初頭にかけてヨーロッパの美術界で大きな関心の的となったジャポニズムのことだった。マネやロートレック、ゴッホやモネなど、当時の代表的画家が日本美術の特異な造形性、感覚、技法に刮目し、その独自性を彼ら自身のキャンバスに移植したさまざまなジャポニズム絵画もさることながら、私が思い浮かべたのはドビュッシーの交響詩「海」に象徴されたエキゾティシズム、すなわち日本趣味のことだった。この作品の初版の表紙に葛飾北斎の富岳三十六景の中の有名な1作「神奈川沖浪裏」のコピーを貼ったくらい、彼が北斎のダイナミックな浪に強く惹きつけられたというのはよく知られた逸話だ。といって、彼は北斎絵画を音で表現することを目論んだわけではない。私が感心するのは、ドビュッシーが北斎に代表されるジャポニズムの愉悦を彼の感覚と技法で濾しとって、西洋のコンセプトの中に解放していることだ。彼らの音楽が立脚する概念や伝統の中に、リズムもコンセプトもバックグラウンドもまったく違う日本美術の異次元的技芸を溶かし込んだ、作曲者自身が言う”交響的素描”の達成美そのもの。それが「海」だ。簡単には溶け合うはずもない西洋音楽の美学と、日本の芸能や美術などのアートが底流に持つリズムやカラーがドビュッシーの音楽の中でたゆたうように混ざり合っている、あの印象的な「海」の響きと色合いが、この夜の日本舞踊とオーケストラ(西洋音楽)の2時間半を超える舞台美に重なって私の耳に聴こえてきたのである。
 タイトルにある通り、この一夜は2012年12月に次ぐ舞台だ。音楽や舞踊から舞台美術にいたるすべての点で構成・演出にアイディアをこらしながら全力を傾注し、のみならず「パピヨン」では保名を演じて聴衆を感嘆させた花柳壽輔(花柳流四世宗家家元)による渾身の舞台に、観客はまるで大相撲を桟敷席で楽しむかのように、5つの物語が色彩とリズムの溶け合う優美な華となって彩られていくとしかいいようのない5つの舞台を存分に満喫した。2年前の公演が数々の賞に輝いただけに、二番煎じに陥らぬようプランを立案し構成する段階で花柳壽輔が長い時間をかけて思案し、想を練ったたことは想像に難くない。その結果、単なる日本舞踊と西洋音楽との組み合わせというベーシックな出発点を超えて、西洋のバレェも日本の王朝文学の世界も、あるいは独自の発展を遂げた宝塚のレヴューもすべて取り込む中で日本舞踊と対比させ、ときにクロスオーバーさせることで、逆に日本舞踊の美しさをクローズアップさせることへの成功へと導いてみせた花柳壽輔の洞察力と創意を失わない胆略の賜物とあらためて敬意を表したい。世界的バレェ・ダンサーの吉田都、宝塚の現役スターを代表する轟悠、往年のスター麻美れいの起用、および横尾忠則(美術)や森英恵(衣装)らの参加は、こうした想を練り上げる中で生まれたアイディアだったのだろう。
 というわけで、5つのプログラムに優劣をつける気は毛頭ない。どれも見所と聴き所があった。といって、等しく詳述するだけのスペースはない。最後を飾った「ボレロ」は、前回の野村萬斎主演の舞台が素晴らしかっただけに、西洋バレェのプリンシパルと男性群舞がどんな共演美を生むかに注目した。花柳輔太郎(振付)が天の岩戸伝説をコンセプトにしたと語った通り、岩戸から天照大神(吉田都)がお出ましになるところから光まばゆい世界の誕生を描いた舞台は、「ボレロ」の持つ優美なエネルギーがクレッシェンドしていく中で吉田の洗練美をたたえた舞踊といかにも無骨な土の響きを思わせる男性舞踊人の見事に統制のとれた群舞が、予想通りというべきか見応え充分な融合美を生み出して、前回とはまた一味違ったダイナミックなステージを現出させた。
 すこぶる印象深かったのが「いざやかぶかん」での横尾忠則による「かぶ(歌舞)かれた」役者絵。ガーシュウィンの『ポーギーとベス』の中の「サマータイム」など5曲で構成した「キャットフィッシュ・ロウ」組曲を、歌舞伎の祖といわれる出雲阿国をヒロインに轟悠を配し、エネルギッシュで猥雑なアメリカ音楽と組み合わせたアイディア。ここでは客席も踊り手となって盛り上げようとする気分が陽気に弾けた。東京フィルの力強い演奏をバックに底抜けのヤンキー気質を前面に押し出したブロードウェイのレヴューを彷彿とさせる舞台を、さらに色彩豊かな役者絵によって一挙にニューヨークと江戸をダイナミックなノリでスウィングさせたかのような「いざやかぶかん」。東洲斎写楽の役者大首絵をモチーフにした横尾忠則の破天荒な(すなわち、かぶかれた)爆発する色彩が、南部の黒人たちが住む横丁の喜怒哀楽を活写したジョージ・ガーシュウィンの音楽と見事に結びついて、40人もの男女舞踊手(お国歌舞伎の女、遊女歌舞伎の女、若衆歌舞伎、野郎歌舞伎、傾“かぶ”く男と女)が舞台狭しと暴れ、いや踊りまくった。その中を先ごろ(12月20日)「宝塚歌劇100周年」の特別イベントで専科を代表した轟悠が出雲阿国となって奮闘し、観客の大きな声援に応えた。まさに、めでたし。
 花柳壽輔はよほどドビュッシーがお好きと見える。これまでの公演でも「牧神の午後への前奏曲」や「沈める寺」に振り付けて日本舞踊の美を披露してきた氏が、今回取り上げたドビュッシーはピアノ曲の「夜想曲」。静の動きが重要な意味を持つ日本舞踊には東洋の影響を受けたドビュッシーがふさわしい、と語ったことがあった。この「夜想曲」の場合は、日本舞踊のレパートリーである「保名」(やすな)の音楽として脳裏にひらめいたということだろう。亡き恋人の幻を春の野辺で追う男の周囲を蝶(パピヨン)が舞うこの演目で、パピヨンの精を演じるのが麻美れい。保名を舞うのが花柳壽輔氏本人。舞台は幻想的なファンタジーに彩られているが、麻美れいの衣装が重厚過ぎて、彼女の演技の自由を奪ったように見えたのはいかにも残念だった。一方で、保名を演じる師匠は目を疑うほど若い。
 振り返って、源氏物語の「葵の上」における故・黛敏郎の『BUGAKU』からの「呪」、明治時代の鹿鳴館における男女の葛藤を彩る『ライラック・ガーデン」(リラの庭)のショーソンの甘美な「詩曲」を含めて、ここで取り上げられた5つの西洋音楽が日本舞踊の美とひとつになって、ときに溶け合い、時に激しく拮抗しながら、オーケストラの多彩でゴージャスな響きと日本舞踊のたたずまいから滴り落ちるデリケートなニュアンスを生む作品となって昇華する舞台………その現場を目撃できた幸運と至福に感謝したい。

葵の上 ライラックガーデン いざやかぶかん
パピヨン ボレロ

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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