Concert Report #769

紫桐会秋の演奏会(第32回)

2014年12月15日 紀尾井小ホール
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)

1.竹生島(菊岡検校・作曲/八重崎検校・筝手付)
  矢野加奈子(筝)
  衣笠一代、市橋京子、阿部真由子、石井靖子(三絃)
2.七小町(光崎検校・作曲/八重崎検校・筝手付)
  吉澤昌江(筝)
  佐野奈三江、岡村慎太郎、藤木久美(三絃)

――――――――――――――休憩―――――――――――――

3.千鳥転生(水野利彦・作曲)
  長戸はるみ(筝)
  倉本伸子(十七絃)
  田辺頌山(尺八)
4.「みだれ」による変容〜十七絃独奏のための(廣瀬量平・作曲)
  木田敦子(十七絃)
5.筝協奏曲・みだれ(高橋久美子・作曲)
  樋口美佐子(筝独奏)
  野田美香、長谷麻矢(筝1)
  池田聡子、坂本知亜子(筝2)
  阿佐美穂芽、石橋侑佳(十七絃)

 最近はジャンルにかかわらず才能豊かな新鋭が出現しては大きな話題になる。そのつど痛感するようになったことがある。それは、クラシックはむろんのことだが、ジャズでも他の音楽分野でも近年は世界の有名音楽大学出のミュージシャンが圧倒的で、一昔前のように叩き上げの人が極めて少なくなったことだ。現在クラシックやジャズの第一線でクローズアップされている新鋭演奏家の多くは専門学校や大学の専科で学んだのち、プロの音楽家として注目を浴びながら世に出た人々だ。かつて日本のジャズ界で活躍した富樫雅彦のように、下積みの苦労を克服して斯界を代表するといった真に個性的なミュージシャンは滅多に目にしなくなった。寂しいと言えば確かに寂しいが、時代が進んで、一昔前とはまったく違う世相を反映した結果なのだろうと思うしかない。
 ところが、こうした傾向とは無縁と思われてきた邦楽界も例外ではないらしい。音楽大学の邦楽科を卒業して、その後プロの演奏家として活動する演奏家が著しく目につくようになったからだ。むろん数ある大学の中で音楽大学じたい数が少ない上に、邦楽科を設けているところも限られているが、それでも邦楽のコンサートでプログラムの出演者紹介欄や演奏会チラシなどを拝見すると、専門大学の邦楽科出身の演奏家が意外と多いことに目を丸くすることがしばしばある。たとえば、当夜でいうなら出演者の1人、岡村慎太郎が東京藝術大学(芸大)邦楽科の出身者であることは、彼が藤井昭子の地歌ライヴに客演したときのプログラムなどで知っていたが、休憩後の後半に出演した演奏者などはその大半が私の知る限りでも芸大か洗足音楽大学の大学または大学院を巣立った人たちである。今やそれが珍しいことではないとすれば、時代の変化が一足飛びに到来したと思う方が時代遅れなのか。少なくとも私には隔世の感が深い。
 だがそれはそれとして、そんな中でジャズでもクラシックでも感心することがひとつある。それは現代の若手がみなお世辞抜きに巧いということだ。テクニックの点で言えば、かつてはほんの一握りの人にしか認められなかった高度な演奏技法を、一流音楽専門大学で学んだ現代の若いプレイヤーはみな身につけていると言っても過言ではないほどだ。目をみはらせるそんな光景を、実は、邦楽の若い世代の演奏家のプレイにもしばしば見ることができる。それはまた演奏会に赴く楽しみでもある。
 紫桐会による演奏会の後半がまさに、テクニックに裏打ちされたシャープで切れのいい現代的奏法のすがすがしさだった。休憩後の第1曲「千鳥転生」で、リズムを率先誘導する十七絃といい、格調を失わない筝の雅びな調べといい、その間を縫って柔らかな調べを奏でる尺八という、3者の息の合ったアンサンブルが演奏自体のスムーズな流れと勢いのよさを生む。スリリングですらある。スリリングとは文字通り快感。この颯爽感が気持よい。作曲者の水野利彦によれば、曲は吉澤検校の名高い「千鳥の曲」のモチーフを素材に、三重奏として現代的にリメイクしたものだという。いわば古典と現代の融合が、3者の今日的演奏技法とアンサンブル・ユニティの呼吸とが合体して生む現代邦楽らしいソフィスティケーション(洗練美)の1例となっているのだ。
 そうした快感は次の「みだれ」でも同様だった。原曲は邦楽のバッハといってもいい八橋検校の代表曲のひとつ。「六段」など筝の器楽曲創出に大きな足跡を残した八橋検校の作品は、バッハが鍵盤楽器のために書いた数々の不滅の楽曲を想起させる。その八橋検校に特別の思いをよせていたのが故・廣瀬量平(1930〜2008)だった。菊地悌子の委嘱で廣瀬が書いた「みだれ」は十七絃への廣瀬の好奇心を触発したらしい。後に故人は二十五絃筝のための「浮舟〜水激る宇治の川辺に」を書いたが、この2曲に廣瀬の筝に対する特別な愛情がこめられている。知人の故・長廣比登志氏が実行委員会代表として最後の情熱を注いだ廣瀬量平作品連続演奏会の第3回で、横山佳世子が演奏した「みだれ」が、昨年9月の同第5回(最終回)での花岡操聖が独奏した「浮舟」とともに忘れがたい。木田敦子の十七絃を聴きながら私は反芻した。それは、譜面の音形が生命を甦らせるのは、彼女が芸大で習得した技法の1つひとつに精魂を込める彼女自身の意思力(平たく意気込みと言い換えてもよい)ゆえに違いない、ということ。全身を奮い立たせるようなスピリットのこもった思いが演奏者の肉体を突き抜けて楽曲の音符に生命を与える―――それが聴くものを鼓舞するのだ、と。
 掉尾を飾る筝協奏曲も標題通り八橋検校の「みだれ」をもとにした作品。独奏の筝に対して4台の筝と2台の十七絃が協調したり、挑発したり、新しい世界へ旅立つ試練の後押しをしたりしながら、変化に富んだ楽想の展開と構成の下支えをする。作曲は日本音楽集団の作曲家として、あるいは多くの邦楽の舞台でとみに活躍が著しい高橋久美子。

 彼女によれば、原曲が『乱林雪』(みだれりんぜつ)ともいわれる由来から「雪」をイメージしたという。独奏筝に対して他の6人は対旋律(邦楽では替え手という)を奏でながら、ヨーロッパの教会旋法や通常のハーモニーを持つ楽想へと移行したり、音階や和声を離れたりするという変化に富んだ構成で対応する。とりわけ真ん中ほどでの独奏筝のカデンツァともいっていいソロは、テクニックに自信のある若い演奏家にとっては実力試しにはもってこいのパートかもしれない。そしてクライマックスのアンサンブルを経て盛り上げていくパートも聴きごたえ充分。大方が芸大や洗足音楽大学出身のフレッシュな演奏で、最後の降り続く雪の情景をしのばせるエンディングにいたる全曲を気持よく聴くことができた。作曲者が意図した演奏構成と楽曲展開を忠実に再現し得た演奏だったのではないか。
 紫桐会の指導メンバーらによる第1部の演奏に触れる紙幅が尽きた。菊岡検校の名高い「竹生島」と光崎検校の「七小町」。ともに情緒豊かな曲調を損ねることなく、味わいをたたえた演奏だった。特に「七小町」での岡村慎太郎と藤木久実の巧みなソロが印象的で、最後のフレーズを三絃の3者がしっとりと歌い和して幕となった。

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。 共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.