Live Report #771

Blue Note Tokyo All Star Jazz Orchestra directed by Eric Miyashiro, Special guest: Richard Bona
ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ, スペシャルゲスト: リチャード・ボナ

2015年1月8日 ブルーノート東京
Reported by 神野秀雄 (Hideo Kanno)
Photo by 山路ゆか (Yuka Yamaji)、神野秀雄 (Hideo Kanno): 表記のあるもの、公開リハーサル時に撮影


Eric Miyashiro(conductor, tp, flgh)
Richard Bona(b, vo)、林正樹(p)、納浩一(b)、岩瀬立飛(ds)
本田雅人(as, ss, piccolo, fl)、近藤和彦(as, ss, fl) 、小池修(ts, fl, cl)、吉田治(ts, fl, cl)、山本拓夫(bs, bcl)
佐久間勲(tp, flgh)、佐々木史郎(tp, flgh)、菅坡雅彦(tp, flgh)、奥村晶(tp, flgh)
村田陽一(tb)、中川英二郎(tb)、佐野聡(tb, harmonica)、山城純子(bass-tb)

1st & 2nd共通
Trains (Mike Mainieri)
Beirut (Mike Mainieri)
Teen Town (Jaco Pastorius)
Three Views of a Secret (Jaco Pastorius)
Improvisation - Wing and a Prayer (Mike Stern) - Richard Bona Solo -
All of Me (Gerald Marks)
Liberty City (Jaco Pastorius)
Domingo (Jaco Pastorius)
Fannie Mae (Buster Brown, Morgan C Robinson)

© Hideo Kanno © Hideo Kanno

 西アフリカ・カメルーン出身、ニューヨークとパリを中心に世界で活躍するベーシスト、マルチプレイヤーのリチャード・ボナが、日本最強のビッグバンド、エリック・ミヤシロ率いるブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ(BNTASJOと略させていただく)と共演。自らニンジャと名乗り、NHKみんなの歌で<風がくれたメロディー>を歌い、日本への親近感を隠さないリチャードとBNTASJOがどんなケミストリーを見せてくれるのか。お題はリチャードにもエリックにも神様といえるジャコ・パストリアス。故郷カメルーンでジャコの音楽を聴き衝撃を受けたことが、リチャードが世界のミュージックシーンへ飛躍するきっかけだった。リチャードもエリックもそれぞれ、再結成ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンドで何度か演奏したことがあるという点でも単なるカヴァーを超える当事者である。
 まずオーケストラが登場。メンバーとしてのベースは納浩一。なおドラムスに予定されていた山木秀夫はインフルエンザにかかり、奇跡的に空いていたという岩瀬立飛が叩くことになった。いつものように『Steps Ahead / Magnetic』(Wounded Bird)に収められたマイク・マイニエリの名曲<Trains>で幕を開ける。オリジナルではマイケル・ブレッカーがEWI(ウインドシンセサイザー)を使いハーモナイズされたテーマを吹くが、エリックはそれぞれの音を各管楽器に割り振り展開する。ときにはばらばら音が出ているようでもあり、ときに3セクションがそれぞれまとまり違う方向に動きながら絡み合う。2014年1月のライブレポートで、バラバラに動き、グループで動き、全体で動く、この音の動きにイルカの群れが見えたと書いた。エリックは、ハイスクール時代にイルカに助けてもらったことがあり、CDジャケットもイルカが続き、故郷ハワイでのドルフィン・スイムから大きなインスピレーションを受けているとも語っているので、編曲への影響を意識していないかも知れないが、外れてもいないと思う。2014年11月30日、「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン・イン・川崎2014」の公演として昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワでEMバンドが演奏した際には、エリックのパートナーChiho Miyashiroが撮影したイルカの動画とのコラボレーションという初めての試みも行われていて、エリックの音楽がイルカやハワイからのインスピレーションとともに歩む今後を楽しみにしている。
 「今、自分の中でステップス・アヘッド熱が高まっています」というエリック。曲は<Trains>から<Beirut>へ。これは『Magnetic』の出だしそのものだ。1986年のオリジナル・ステップス・アヘッドのラストアルバムであり到達点で、ベースはウェザーリポート末期にも参加したヴィクター・ベイリーで、ザヴィヌル・シンジケートに参加したリチャードとくれば、ジャコ〜ヴィクター〜リチャードとつながる。<Beirut>はアルバムではシンセヴァイブとEWIの微妙な揺らぎとディレイが生み出す楽譜に書けない不思議で絶妙なグルーヴが持ち味で、それをブラスでは再現するに至っていないが、ステップス・アヘッド自身もストレートな演奏をすることもあるくらいで、エリック流の素晴らしい編曲・演奏で、リチャードの待つ場を暖めるのに十分すぎる状態に。
 ところで、最初の2曲にリチャードが参加しないのは、スペシャルゲストとしての大人の事情があると思うのだが、何せリチャードは、マイク・スターンとともにステップス・アヘッドのメンバーの一人であり、<Trains>はリチャードのバンドのテーマ曲のように使われる。ステップス・アヘッドの曲をリチャードとともに演奏するのをぜひ聴いてみたかった。またそんな機会があることも楽しみにしたい。
 先立って1月7日の公開リハーサル。ビザの都合でぎりぎりの日本到着になったリチャードが、成田からブルーノート東京にかけつけたのが19時頃。楽器の準備をしながら、フレットレスベースの指板に指が触れるやいなや美しい音楽がその人から溢れ出すようだった。もはや「ベースを弾く」という感覚を超えている。そんなことを思い出すうちに、リチャードが登場し、会場の拍手で迎えられる。<Teen Town>は『Weather Report / Heavy Weather』に収められた、ジャコのスピード感のあるソロがフィーチャーされるウェザーリポート期を代表する1曲。ブラスの贅沢な響きの中で始まるリチャードのプレイ。ライブ盤『8:30』ではより高速だが、ここではオリジナルに近いスピードだろうか。しかしそのテクニック以上にベースの暖かい音色とグルーヴに引き込まれる。また山本拓夫のバリトンサックスがベースラインをユニゾンするのも心地よい。
 ジャコの場合、スコアは頭の中に入っていて、パート譜を直接書いていたといい、パート譜が散逸すると、スコアがないために、ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンドを再結成する際にはスコアを書き起こすのがたいへんだったという逸話をエリックが紹介した。そして、今回はそのスコアではなく、エリックがすべて書き下ろしたアレンジで演奏されている。<Three Views of a Secret>は、ジャコの壮大な世界観が表現された、エリックもリチャードも大好きな美しい一曲。会場からもこの選曲に喜びのため息が漏れる。納がサイドにまわり、リチャードがメロディラインに徹する。佐野聡の切ないハーモニカの響きが哀愁を演出する。木管セクションのフルート、クラリネット、バスクラリネットなどが作るハーモニーも美しい。また林正樹のピアノが光っていて、この曲の間、リチャードは林と佐野を笑顔で見ていた。
 オーケストラのメンバー全員がはけてリチャードのソロに。ループを使ってベースと歌を重ねていくタイプのソロプレイではなく今回はシンプルな弾き語り。ベースを弾きながら天使の声で静かに歌い出し、マイク・スターンのバラード<Wing and a Prayer>のメロディーに変容して行く。会場は静寂の中、とにかく美しい響きで満たされていく。
 ひとつだけエリックのアレンジではない曲。「次はボナさんが日本のみなさんにサプライズを用意、、、あえて曲名は言いません。」誰も予想していなかった<All of Me>しかもカウント・ベイシー・オーケストラのアレンジで。スタンダードを歌ってもやはりすごかった。そして、ブラスのアンサンブルとシャッフルのリズムが楽しい<Liberty City>へ。これは『Jaco Pastorius / Word of Mouth』の<Three Views of a Secret>の次の曲。日本最高のブラス集団のグルーヴとリチャードのグルーヴのケミストリーでこの上なく楽しい。余談だが『Word of Mouth』のジャケット写真は、ノルウェーの(スカジナビア半島としての)最北端ノールカップで撮影された白夜の太陽の全周写真ということを北欧ジャズ、ECM好きなら覚えておいて損はない。
 リチャードはここで退場し、納のベースに任される。「ベースバトルとかやってみたかった?」とエリックが納に話をふる。いやいや滅相もない、と手振りで応える。演奏される<Domingo>は、マイアミ大学在学中のジャコが初めて書いたビッグバンドの曲。エリックは2014年1月から演奏し、モントルー・ジャズ・フェスティバルでも井上陽介をフィーチャーし、”通りがかりの”観客を釘付けにし、熱狂させたナンバー。納はもともと必要以上に目立とうとする方ではないし、今までリチャードの後で堅実にプレイしてきたが、ここにきて自在なベースソロを展開する、そこにリチャードが再びステージへ現れ、ベースバトル、高速フレーズの応酬が続き、ベーシスト同士の時間を楽しみ、オーケストラと会場が盛り上がっていった。
 アンコールには、リチャードが歌うバスター・ブラウンの1960年R&Bチャート1位の曲<Fannie Mae>。これもジャコのレパートリーで、R&Bでもリチャードのヴォーカルがすごい。結局のところ、リチャードのヴォーカル表現の幅広さは、アフリカの歌声から、R&B、スタンダード、パット・メセニー・グループ、みんなの歌まで限界がない。そして、BNTASJOのメンバーの凄さは、福山雅治バンドをはじめ、J-Popsのスタジオ録音、アリーナ、ドームコンサートの歌伴を支えてきたファーストコールのミュージシャンたちばかりだから、当然、ヴォーカルとのケミストリーが凄い訳だ。リチャードもメンバーも心から楽しみ、温かい余韻を残しつつ閉演となった。公演全般にわたって、管楽器のソロについてはそれぞれ素晴らし過ぎて書くと切りがないので、割愛することをお許しいただきたい。その中でもステップス・アヘッド〜ジャコのナンバーとしては小池修のテナーサックスソロが特に相性の良さをみせていたことを記しておきたい。
 BNTASJOは日本最高のミュージシャンで構成されているが、強烈な個性と実力を持った来日スペシャルゲストと刺激し合い、音をみつけ、新しい楽しさを分かち合う過程を見るのがまた楽しい。思えばエリックもリチャードも、2014年1月に共演したアルトゥーロ・サンドヴァルも「異邦人(エトランジェ)」として母国以外でさまざまなケミストリーを起こしてきた。欲を言えばそれだけにエリックやリチャード自身の曲も演奏して欲しいところだが。ジャズは国際交流が進んでいるようで、日本発はまだまだバリアフリーとは言えない気がする。その中でエリックの仕掛けた出会いがさまざまな波を作っていつか実を結んで行く。これからも素晴らしい音楽の出会いとその先にある広がりを楽しみにして行きたい。

Eric Miyashiro / Sky Dance Eric Miyashiro / Pleiades Richard Bona / Bonafied

【関連リンク】
Eric Miyashiro 公式ウェブサイト
http://www.ericmiyashiro.com
Richard Bona 公式ウェブサイト
http://www.bonamusic.com
Domingo, Live at Montreux Jazz Festival 2014
http://youtu.be/mLgxkvM-vLk
ブルーノート東京1月7日公開リハーサル (Liberty City - Elegant People)
http://youtu.be/K0KP9gVE-Zc

【JT関連リンク】
Richard Bona / Bonafied
http://www.jazztokyo.com/five/five1028.html
モントルー・ジャズ・フェスティバル 2014 ジャパン・デイ ブルーノート東京・オール・スター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ with スペシャルゲスト 小野リサ
http://www.jazztokyo.com/live_report/report728.html
ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラ directed by エリック・ミヤシロ with special guest アルトゥーロ・サンドヴァル
http://www.jazztokyo.com/live_report/report636.html
エリック・ミヤシロ EMビッグバンド STB139
http://www.jazztokyo.com/live_report/report635.html

神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

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#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

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オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

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CONCERT/LIVE REPORT
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