Concert Report #781

東京都交響楽団 第783回定期演奏会Bシリーズ
<日本管弦楽の名曲とその源流20>最終回(プロデュース:一柳慧)

2015年1月23日 サントリーホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

<演奏>
指揮:ハンヌ・リントゥ
チェロ:ピーター・ウィスペルウェイ

<曲目>
シベリウス:交響詩「夜の紀行と日の出」op.55
ルトスワフスキ:チェロ協奏曲(1970)
※ウィスペルウェイのアンコール:J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008〜サラバンド
一柳慧:交響曲第9番「ディアスポラ」(都響委嘱作品・世界初演)

<日本管弦楽の名曲とその源流>とのタイトルで毎年行なわれてきたコンサートが、今回の第19回と第20回で終了となった。筆者が聴いたのはその最後の回、第20回(第783回定期演奏会Bシリーズ)。この回では、当シリーズのプロデューサーである一柳慧自身の作品である『交響曲第9番ディアスポラ』の世界初演が行なわれるのが大きな話題である。プログラムには作曲動機と楽曲についての一柳氏自身の解説が載っているが、かいつまんで書くと、

@戦争経験者も減り、自分も高齢となったので経験した戦争の実情を語っておかねばという思いが強くなった(筆者付記:「ディアスポラ」という副題(居住地からの離散)は当然戦争という特殊な状況を指してのことだろう)。
Aシンフォニーは全4楽章、古典的な構成とは異なって第1楽章が最も短くシンプル、楽章が進むにつれ次第に時間と空間が共存拡張されて長くなる。最も長い終楽章は途中から全く異質な世界に突入、変質しながら終わりへ向かう。
B第4楽章は偶然性の書法で書かれている。この箇所は音による川の流れを想起させることから、「方丈記」の一節「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と通じあっていると言える。

となる。実際に楽曲を聴いた感想では、偶然性の書法を取り入れた第4楽章が明らかに最も聴き応えがある。『モルダウ』を思わせるようなフルートから始まり、次第にオーケストラの編成が巨大化しながら咆哮していく様は圧倒的な迫力と表出力が漲っている(この部分は戦況における悲劇的なカオス状態を表しているように思える)。このテンションの持続は作曲時81歳のものとは到底思えない。しかし、他の楽章は率直に言うならばどこかで聴いたような響きが連続し(バルトークの『弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽』、チャイコフスキーの『悲愴』、第3楽章で合奏が大きく広がっていく様はオネゲルの『典礼風』と似た印象…)、新鮮度、楽曲としての強度は劣るように思う。勿論「聴いたことのない響き」ならば良い訳ではなく、後の時代の人間がオーケストラという媒体を使用して「交響曲」なるものをこしらえるのならば当然ぶつかる課題ではあるだろう。作曲者は「音楽がモダニズムから、ポスト・モダニズムな状況になるにつれて、次第に音楽の輪郭や本質が見失われてきた(後略)」と述べている(音楽レビューサイト「Mikiki」より)。そこで、いわゆるネオ・ロマン的なものへの回帰が視野に入って来たということか。美学上の問題と現実の音との相関関係は見て取れるにしても、2015年という「いま」にそれをどう捉えるか。筆者などには問題が大き過ぎて太刀打ちできないけれども(ちなみに、この曲を「タイムの概念に多角的にアプローチしたもの」という視点で捉える意見も目にした。つまり、作曲者の思いはどうあれ、一柳の現代感覚は研ぎ澄まされているという訳である。勿論ここでは交響曲という器はオマージュの対象、つまりメタレヴェル)。
プログラムのトリから書いて行ったが、前半はシベリウスとルトスワフスキ。いわば一柳作品の源流である(ちなみに、シベリウスのこの楽曲はまるで後のミニマルミュージックのようだし、ルトスワフスキは一柳作品にも用いられた「管理された偶然性」が取り入れられている。既にこんなことをしていたのだ)。この選曲について、一柳曰く「大国に挟まれた小国−フィンランド、ポーランド−の厳しい境遇、立場は違っても過酷な状況に置かれた第2次世界大戦時の日本に通じるものがある」。シベリウスではリントゥの指揮が冴え渡っている。オケを完全に統制し、いわゆる有機的展開のないこの楽曲を終始緊張感に溢れた形でまとめ上げていた。まるで緩みがない。今年の秋にも来日してシベリウス・ツィクルスを行なうリントゥ、大いに期待できそう。次のルトスワフスキは、はっきり申し上げればこの日のコンサートの白眉だろう。驚くことに、チェリストのウィスペルウェイはこの難曲を暗譜で弾いた。また、演奏への没入ぶりからは、単に暗譜をしているという次元をはるかに超越して、楽曲が完全に血肉化されているのがありありと見て取れる。その凄まじいパフォーマンスにホールからは圧倒的な喝采が湧き起こる。楽員も打ちのめされている様子である。アンコールで、ウィスペルウェイはルトスワフスキ冒頭で何度も繰り返されるD音を再び弾き始める。ホールからはざわめきが起こり(「またルトスワフスキ!?」)、これを何度か繰り返したところで同じD音から開始されるバッハの『無伴奏チェロ組曲第2番』にシームレスに移行。素晴らしいユーモア。こちらもセンス満点の繊細かつ大胆な名演だった。
しかし、当日の客入りはすこぶる悪い。まあ致し方ないところだろうけれど、コンテンポラリー作品を聴く楽しみは、普段の慣れとは違うものを眼前に突きつけられることによる「齟齬」「違和感」を探って行くことにあると思う。「理解する・しない」も重要だが、齟齬も含めて面白がれるかどうか。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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