Concert Report #785

東京オペラ・プロデュース第95回定期公演
ヴォルフ=フェラーリ《シンデレラ》日本初演

2015年2月8日 新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)撮影:2月7日公演

【スタッフ】
指揮:飯坂 純
演出:太田麻衣子

【キャスト】
シンデレラ:菊地美奈
パッリド王子:星洋二
宮廷道化師:村田孝高
王:鹿野章人
王妃:菅有実子
継母:田辺いづみ
ピッツィキーナ:岩崎由美恵
ヴァネレッラ:小野さおり

管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団

 エルマンノ・ヴォルフ=フェラーリ(1876〜1948)は、ヴェネツィアに生まれ、ミュンヘンで音楽を学び同地で活躍した、20世紀前半の主要なオペラ作曲家の1人。
 《シンデレラ》(Cenerentola/チェネレントラ/灰かぶり姫)は、20代半ばの第1作で、1900年にイタリア語でヴェネツィア初演。だが非常な不評を被り公演は大失敗、奮起した作曲者がドイツ語改訂版に挑み、早くも2年後にブレーメンで再上演、ようやく一定の評価を得たという、いわくつきの作品である。
 その経緯は内容を見て納得。ヴェリズモ・オペラ全盛期の観客にしてみれば、童話をもとにハッピーエンドに終わる洒脱なオペラ・ブッファなど、浮き世離れにも程がある、と感じられたことだろう。しかし、駄作などでは決してない。時代を間違えて生まれてきた作品の不運と言うべきだろう。世が世なら、当たり前のように歌劇場の主要レパートリーに入った作品ではなかったか。何よりも音楽の巧みさと美しさ、情感の豊かさが際立つ。若書きとは思えない、高い完成度を示す作品である。

   第1幕、シンデレラの継母の家の台所。家事に明け暮れ疲労困憊のシンデレラ(菊地美奈)。ついうたた寝をし、夢の中で天使や実母の幻を見る。華やかに着飾った継母とその子供たち(姉妹)が現れ、さんざんにシンデレラを嘲弄したあと、舞踏会に出かけていく。失意のシンデレラの前に妖精が現れ、魔法の力でドレスとガラスの靴を贈り、シンデレラは宮殿へと出発する。
 この幕は実際いささか冗長なのだが、物語の導入部分として、説明的になるのはやむを得まい。継母と姉妹の女3人のかけあいは、終幕に向けて、毒のある面白さを加速度的に増していく。
 継子いじめの古典的なストーリーの一方で、天使や妖精など非日常的なシーンが2回あり、演出家(太田麻衣子)の創意が試されるところ。愛らしい子供たちを効果的に配し、手作り感あふれる「馬車」でシンデレラが舞踏会に向かうシーン。ここで敢えてシンデレラを舞台から降ろし、客席から手で触れられそうな距離で下手から上手へと横切らせたのは、成功だったと思う。「魔法」を超常的なスペクタクルとして見せるよりも、「他愛もない童話」の温もり、微笑ましさを強調する演出と言えるかもしれない。

 第2幕は一転して宮殿。王(鹿野章人)と王妃(菅有実子)が王子の嘆かわしい現状(笑顔を忘れ鬱々としている)を語り合うシーン、そして舞踏会の場である。ごく簡素な装置だが、回り舞台その他を活用して、気品のある美しい空間が現出していた。太田の演出はとてもさりげないが、確実にそのシーンに必要なものを提示してくれる。物語を深く読み込んでいることが伝わってきて、好感がもてる演出である。
 遅刻した継母と姉妹が騒々しく舞踏会場に入ってきて、早速、めぼしい男を物色し始める。そうこうするうちにシンデレラが華やかに登場、王子(星洋二)はその美しさに目を奪われ、微笑みを取り戻す。惹かれ合う2人。長大な美しい二重唱。だが約束の刻限が来て、シンデレラは慌ただしく去って行く。絶望する王子。

 第3幕第1場、再び継母の家、中庭。シンデレラが舞踏会を思い起こして歌うアリアが美しく情感豊か。王の広報官(笠井仁)が現れ、残されたガラスの小さな靴を履けた者が王位継承者の妻となることを告げる。色めき立つ継母と姉妹。このあたりの3人(田辺いずみ、岩崎由美恵、小野さおり)のかけあいは、次の第2場にかけて絶好調である。自分たちよりもシンデレラの足が小さいことに気づいた3人は、物置に彼女を閉じ込めてしまう。
 第2場、女たちが詰めかけ、靴合わせを続ける宮殿の会議室。姉妹が現れ、小さい靴を履くことに成功する。ところがなんと、2人とも足の指を切ってしまっていることが判明。グリム童話ばりの残酷さでぞっとするが、音楽はあくまでコミカルである。
 ほかにこの国にふさわしい女性はいないと、広報官や宮廷道化師(村田孝高)が大騒ぎ。名簿を確かめるうちに、まだ靴合わせをしていない女性が1人いて、その人、シンデレラが監禁されていることがわかる。場所を探し当てた王子みずから彼女に靴を履かせると、ぴったりと合う。湧き上がる祝福の声のなか、王と王妃が王子に王冠を授け、幕。

 ソロのアリア、重唱、より規模の大きいアンサンブルと、多彩な歌がバランスよく配され、実に楽しい舞台である。しかも、管弦楽は分厚いにもかかわらず、曖昧模糊としたところはなく、きびきびとあくまで明快。そのシーンに必要な情感と、それが移り変わっていくさまを、見事に示している。オケや歌手たちの熱演ももちろん素晴らしいが、本公演のいちばんの立役者は何よりもヴォルフ=フェラーリの音楽であろう。

 なおこの上演は、初演版ではなく、ブレーメンで上演された作曲家自身のドイツ語改訂版にのっとり、それにイタリア語のテキストを載せる形で行われた。なぜこんな面倒なことになったのか、それは、当初はイタリア語初演版にこだわっていたからである。しかも楽譜出版社は、初演版の楽譜があると伝えてきていたにもかかわらず、上演日が迫っても楽譜を送ってこなかったため、こうした苦肉の策の上演となったそうだ。
 ヴォルフ=フェラーリのオペラ第1作は、何かと不遇な運命にあるらしい。
 変則的な上演ではあるが、不自然さは感じなかったし、何よりもオケと歌と一体となった音楽を、十分に楽しめた。他愛もないストーリーではあるが、テキストも音も考え抜かれた作曲と思う。どこかでもう一度、再演を観たいものである。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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