Live Report #786

ステップス・アヘッド ブルーノート東京
Steps Ahead at Blue Note Tokyo

2015年2月10日 ブルーノート東京
Text by 神野秀雄(Hideo Kanno)
photos by 山路 ゆか(Yuka Yamaji)


Mike Mainieri (vib)
Eliane Elias (p)
Marc Johnson (b)
Peter Erskine (ds)
Bob Sheppard (ts, ss)

2月10日19:00
1 Bawling to Bud (Eliane Elias - Everything I Love / Holding Together)
2 Pools (Don Grolnick - Steps Ahead)
3 Islands (Mike Mainieri - Steps Ahead)
4 Something I Said (Peter Erskine - Magnetic)
5 B is for Butterfly (Eliane Elias - Swept Away)
6 The Time is Now (Eliane Elias - Three Americas / Holding Together)

7. Union Pacific (Marc Johnson - The Sound of Summer Running)

2月10日 21:30
1. Bawling to Bud (Eliane Elias - Everything I Love / Holding Together)
2. Pools (Don Grolnick - Steps Ahead)
3. Copland (Mike Mainieri - Holding Together)
4. B is for Butterfly (Eliane Elias - Swept Away)
5. Ruby
6. Young and Fine (Joe Zawinul - Smokin’ in the Pit)
7. The Time is Now (Eliane Elias - Three Americas)

8. Union Pacific (Marc Johnson - The Sound of Summer Running)

バンドアンサンブルの極致を魅せたヴァーチュオーゾたちによる現在進行形のライブ

 1979年、ブレッカー兄弟らがオーナーだったニューヨーク「セヴンス・アヴェニュー・サウス」でのセッションに端を発し、1979年の六本木ピットインでのライブ、そのライブ盤『Smokin’ in the Pit』(Better Days)で日本と世界のジャズシーンに大きな衝撃をもたらした”ステップス”。エレクトリック・フュージョン全盛期に、その成果にアコースティック・フォービートのグルーヴとサウンドをシームレスに繋いで新しいケミストリーを生み出すことに成功し、混迷していたジャズ界のひとつの突破口となった。その後、”ステップス”はすでに商標登録されていたことがわかり、1983年、ブラジル出身のピアニストで当時23歳だったイリアーヌ・イリアスが参加した『Steps Ahead』から”ステップ・アヘッド”という名称に変わった。
 そのオリジナル・ステップス・アヘッドの強烈な印象に関わらず、むしろ『Magnetic』のエレクトリック・ステップス・アヘッドを基調にしたマイク・スターン、スティーブ・スミスらを含む来日が多かった。今回の来日は『Steps Ahead』に近く、イリアーヌ・イリアス、マーク・ジョンソン、ピーター・アースキンにボブ・バーグが加わった1999年のライブ盤『Holding Together』とほぼ同じメンバーだ。アコースティック・ステップス・アヘッドとしてはこれ以上のメンバーは望めず、マイクが75歳でもあるし、次回このメンバーでの来日がいつあるかわからない。
 <Bawling to Bud>で幕を開ける。『Eliane Elias / Everything I Love』(Blue Note)の1曲目であり、『Holding Together』にも収められたバド・パウエルに捧げた曲。ジャズスタンダードを演奏する『Everything I Love』にあって2曲だけあるオリジナル曲のひとつでイリアーヌらしく洒落ていて心地よいテーマとコード進行が会場をリラックスさせる。
 そして、1983年の『Steps Ahead』から最初の2曲<Pools><Islands>が演奏されると往年のファンには記憶が鮮明に甦り盛り上がる。第1部では、続いてピーター作曲による美しいバラード<Something I Said>を聴けたのは貴重だった。この3曲を続けて聴けた第1部の方が往年のステップス・アヘッドのファンには当時を懐かしく思い出す至福の時になったと思う。
 他方、第2部では『Steps / Smokin’ in the Pit』から<Young and Fine>が演奏された。これまでライブで演奏される機会が少ない曲でさらに貴重だった。この曲は『Weather Report / Mr. Gone』に収められたジョー・ザヴィヌルの曲で、当然ピーターが参加しているが、ステップスではスティーブ・ガッドで大きく印象が違い、奇しくも今回初めてオリジナルドラマーで聴くことになった。私がウェザー・リポートを初めて聴いた曲として思い出深くもあり、ウェザーのオリジナルでのシンセサイザーとサックスの重層的な音とジャコの巧みなベースラインが生み出す立体的な広がりを持つ世界観が、ステップスではストレートアヘッドなフォービートサウンドに開花し、マイケル・ブレッカーをはじめとするヴァーチュオーゾたちが絶妙なソロを展開する見事さに虜になった。そして現在望みうる最高のメンバーによる<Young and Fine>はそのときの興奮を思い出させながら、それを超える新鮮さを感じさせた。
 両セットで演奏された<B is for Butterfly>。2012 年録音の『Marc Johnson & Eliane Elias / Swept Away』(ECM2168)に収められている優しさと切なさに満ちたイリアーヌ作曲の珠玉の1曲。ジョーイ・バロンとのトリオでECMらしく録音されているが、イリアーヌ、マーク、ピーターでの音は最高で、マイクのヴァイブが美しく調和する。そしてマークのベースソロが特に素晴らしい。正直のところ、ステップス・アヘッドという看板を外しても、この1曲の満ち足りた時間を共有できるだけ聴きに来た甲斐があるというほどだった。第2部で演奏された<Ruby>は、マイクの愛娘に捧げられた曲だ。本編最後に演奏されたのは、イリアーヌの『Three Americas』『The Holding Together』から<The Time is Now>、ラテンのリズムではじまるテーマそしてフォービートに移行して盛り上がりクライマックスへ。
 アンコールには、『Marc Johnson / The Sound of Summer Running』(Verve)から<Union Pacific>。オリジナルは、ビル・フリーゼル&パット・メセニーのツインギターが印象的だが、ピーターとマークが生み出すゆったりしたシャッフルのビートが気持ちよい。このCDは違うけど、マーク&ピーターのコンビは、『Marc Johnson / Bass Desires』(ECM1299)、『Marc Johnson & Base Desires / Second Sight』(ECM1351)の印象も強く、この流れにある意外な選曲が嬉しかった。

 全般を振り返ると、マイク作曲による名曲を多数擁するステップス・アヘッドであるにもかかわらず、マイクの曲は各セット1曲ずつに留まり、他方、イリアーヌ3曲にマーク1曲。ステップス・アヘッド・ファンの心理を考えればもっとマイクの曲を聴きたかっただろうし、マイケル・ブレッカーの曲を聴いてみたかったところもあるけれど、この素晴らしいメンツの中で、懐かしのメロディーにこだわらず、マイクが自身のヴァイブも含めて最も新鮮な響きを奏でられる曲を意欲的に集めたと言えるし、ステップス・アヘッドのスピリットを最も継承している一人がイリアーヌであるということにもなる。また、求める音がECMと近いところにあるということにも驚かされる。そういえば、マイクの最新のプロジェクトのひとつとして、6月にボボ・ステンソンとのデュオによるヨーロッパツアーが予定されている。
 ひとつ残念だったのは、他のメンバーに比べてサックスのボブ・シェパードの存在感が若干弱く感じられたことだ。ステージ上でも最も外側、ドラムスの右側に位置し、中核4人に対するサポートという位置づけを見せていた。これまで聴いてきて素晴らしいプレイヤーであることは間違いなく、共演期間に格段の差がある点に起因するかも知れない。東京に続く2月末のニューヨーク・バードランドではジョージ・ガゾーンの参加になっていた。『Swept Away』に関連づければジョー・ロヴァーノという人選もあるのかも知れない。むしろ若手をと考えれば、ブレッカー・ブラザーズ・リユニオンで特別な存在感を見せてくれたアダ・ロヴァッティも頭に浮かんだが、そういえばランディ・ブレッカーの先妻&後妻になってしまうけど。マイケル・ブレッカーの存在感がいかに大きかったか、乗り越えるのがいかに難しいかということを改めて思い知らされる。

 今回の最大の収穫は、ヴァーチュオーゾたちによるバンドアンサンブルの極致を見たことだった。ハイテクニック集団でアコースティックの中にも若干デジタル的印象もあったステップス・アヘッドだったが、メンバーそれぞれの長い経歴を経て、穏やかな演奏の中で一瞬一瞬のインタープレイに輝きを見せた。研ぎ澄まされた緊張感というよりも、ジャズが本来持つリラックスした雰囲気の中で心地よい響きが持続する。最近、素晴らしいテクニックと感性を持つドラマーが多数活躍していると思うが、ピーターのドラミングは気負うことなくとても普通にジャズを演奏しているように見えてニュアンスがとても深い。ウェザー時代のピーター自身も含め、最近の優れたドラマーが持つデジタル的な正確なリズムに裏打ちされたテクニックというよりも、アナログ的な非常に絶妙なゆらぎの中で自由自在に表現される究極のドラミングだ。イリアーヌもシンプルなコードワークに徹することが多く、見ていると芸がないようだが、そのシンプルな音と豊かな響きがバンドのサウンドとリズムを実にふくよかにする。そして、マイクのヴァイブの美しい響きとピアノが濁ることなく最善のコンビネーションとなる。マークのベースはそれらを穏やかに統合する要となっていた。
 オリジナル・ステップス・アヘッドをある意味で超えて、懐メロライブではなく、現在進行形で素晴らしい音を創り出すこのグループは、かつてのファンの期待を心地よく裏切ってくれた。75歳で心身ともに健在ぶりを見せてくれたマイクに安心しながら、再度の来日を心から楽しみにしたいと思う。

【関連リンク】
Mike Mainieri 公式ウェブサイト
http://nycrecords.com
Eliane Elias 公式ウェブサイト
http://elianeelias.com
Peter Erskine 公式ウェブサイト
http://petererskine.com
Bob Sheppard 公式ウェブサイト
http://bobsheppard.net
Marc Johnson & Eliane Elias / Swept Away
http://player.ecmrecords.com/johnson

Steps / Smokin in the Pit (Better Days) Steps Ahead Steps Ahead / Magnetic
Steps Ahead / Holding Together (NYC Records) Mark Johnson & Eliane Elias / Swept Away (ECM2168) Mike Mainieri featuring Charlie Mariano / Crescent (NYC Records)
Mike Mainieri Songbook Vol. 1

神野秀雄 Hideo Kanno
福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

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