Concert Report #787

ラデク・バボラーク&新日本フィル

2015年2月13日 すみだトリフォニーホール
Reported by 悠雅彦(Masahiko Yuh)
Photos by K.Miura

<第1部>リサイタル
1.ホルン・ソナタ ヘ長調 作品17(L・V・ベートーヴェン)
2.3つのロマンス 作品94(R・シューマン)
3.ホルン・ソナタ(イェヘズケル・ブラウン)
 ラデク・バボラーク(ホルン)
 清水和音(ピアノ)

<第2部>コンチェルト&指揮
1.ホルン協奏曲 変ロ長調 作品91(R・グリエール)
2.サンダーボルト P - 47 (B・マルティヌー)
 ラデク・バボラーク(ホルン&指揮)
 新日本フィルハーモニー交響楽団

 日本のオーケストラによる演奏会で、不運にしてホルンの演奏に満足したことは滅多にない。ヘルマン・バウマン級のホルン奏者を高望みしているわけではなく、最低限ソツなくコンスタントに吹いてくれさえすればよしとしようとさえ思ってはいるのだが、それさえ覚束ないときがある。とすれば、アンサンブルの中で聴く者をハッとさせるだけのホルンによる妙技などむろん望むべくもないことになる。それではいささか寂しすぎる。チャイコフスキーの「5番」の第2楽章などはホルン演奏の善し悪しで決着がつく。魅力あるホルン演奏に出会いたいと思っていた折りもおり、世界的なホルン奏者として聞こえが高いチェコスロヴァキア出身のラデク・バボラークが一昨年に続いて来日した。しかも第1部がリサイタル形式の演奏でホルンの妙技をたっぷり味わえる一方、後半の2部では新日本フィルを迎えて吹き振り(こんな言い方があるかどうかは分からない)も披露するという。これは聴かずばなるまい。
 前半のリサイタル演奏では、清水和音のピアノを得て、古典、ロマン派、現代のホルン作品を1曲づつ満を持したような落ち着いた、しかしきびきびした演奏で聴衆を魅了した。何しろミスや音の踏み外しがない。以前ベルリン・フィルに在籍していた頃のチャイコフスキー演奏で感心したときは、旋律の歌わせ方に柔らかな、というかむしろ素朴な親近感ゆえの味わいがあることだったが、この夜の彼は技術的にもまったくほころびのない演奏で、40歳を目前にしたつややかな成熟味を遺憾なく発揮してみせた。オープニングのベートーヴェンの「ソナタ」はよほど吹き慣れた曲らしく、むしろ豪快さをさえ感じさせる奔放なパッセージが聴く者を一気呵成に吹き抜けていくかのような快感を体感させた。若きベートーヴェンのみずみずしさが、バボラークの手にかかるともっと近しいフィーリングに包まれる。私にとってはホルンのライヴ演奏は初体験なので、彼が清水和音とどの程度に親しい関係かは知らない。共演ぶりや両者の息の合った交感ぶりから推して今回が初共演でないことだけは明らか。それは彼の表情の屈託なさやほとんど何らの指示もしない演奏ぶりからも窺える。今やヴェテランの境地に達した清水の包み込むような柔らかな器の中で、バボラークが清水を信頼し切って演奏しているコンビネーションのよさが印象的だった。
 本来オーボエのために書かれたシューマンの「3つのロマンス」でも、彼のホルンに耳を澄ましていると、シューマンがホルンのために書いたのではないかとさえ思えるほど、バボラークのホルンがよく歌い、自信にあふれた演奏のめりはりも気持よく、独奏楽器をホルンに移した違和感などさらさらない。また、昨年亡くなったドイツ生まれのブラウンの「ソナタ」はよほどバボラークが得意にしている曲らしく、あたかも清水と組んずほぐれつにさえ見える熱演の中で曲の輪郭を際立たせるだけでなく、第3楽章の冒頭におかれたカデンツァなどでの自信に満ちたテクニックを活きいきと滑らせる演奏ぶりには、少しもテクニシャンぶりを誇示するところがない。ここが恐らくバボラークのバボラークたるプレイの、そして演奏家としての真髄なのだろう。
 新日本フィルとの第2部はグリエールの「協奏曲」で始まったが、近代屈指のホルン協奏曲だけに、これも彼にとっては十八番の作品と聴いた。ピアノの弾き振りはよく目にするが、吹き振りはよほど吹き慣れた曲でないと大変だろう。おまけに高度な技法が要求される曲だけにバボラークの真剣さが聴く者には強くアピールした。もっとも、それ以上に興味深かったのが最後の「サンダーボルト P - 47」。この曲ではバボラークは指揮に徹した。マルティヌーのこの曲はオネゲルの「パシフィック231」の向こうを張る、当時の最新鋭戦闘機のモダンな偉容と能力を音で表現した交響的スケルツォ。自国の作曲家への敬愛がバボラークの情熱的でパワフルな指揮ぶりに凝縮的に示されているようですこぶる印象的だった。
 むろん締めは彼のホルンでなければなるまい。アンコールに演奏したのは、もしやと思ったら案の定、チャイコフスキーの「交響曲第5番」の第2楽章(もちろん短縮版)。拍手が圧倒的に大きかったことは言うまでもない。とにかくグリエールとチャイコフスキーを聴けたこと、それも世界屈指のホルン奏者の1人で聴けたのは、少なくとも私にとっては胸のつかえがとれたとでもいうべき至福の一夜だった。新日本フィルが真摯にバボラークを守り立て、統制のとれたアンサンブルで好演したことにも拍手!

悠 雅彦 Masahiko Yuh
1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、朝日新聞などに寄稿する他、ジャズ講座の講師を務める。
共著「ジャズCDの名盤」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽之友社)他。本誌主幹。

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