Concert Report #788

コンスタンチン・リフシッツ/J.S.バッハの宇宙〜第2回〜

2015年2月14日 東京文化会館小ホール
Reported by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

J.S.バッハ:インヴェンションとシンフォニアBWV772‐801
4つのデュエットBWV802‐805
音楽の捧げ物BWV1079
(アンコール)
ダルズィンス:「メランコリック・ワルツ」

 何かとてつもないものに遭遇してしまったという畏怖の念が湧き上がる。コンスタンチン・リフシッツがそれぞれ会場を代えて都合3回行なった「J.S.バッハの宇宙」、親しみやすい、いわゆる「舞曲系」の演目が一切ない。その第2回を聴いた。全て暗譜。
 前半は『インヴェンションとシンフォニア』全曲。いささかずんぐりとした体型で猫背、その歩き方も含めて何とはなしにユーモラスな雰囲気すら漂うリフシッツがピアノを弾き出した瞬間から会場の空気がピリッと一変する。と言っても、何もことさら深刻に大上段に振りかぶった重厚な表現やら、逆に鋭利さを目指している風でもなく、ピリオド風の奏法に色目を使っている訳でもない。言葉の最良の意味で「ニュートラル」。これが逆説的にリフシッツならではの感性の冴えを感じさせてやまない。一聴個性的な演奏がバッハの多様性や面白さを引き出し得ているのか。このリフシッツの演奏、ただただ楽曲の「運動性」の感覚だけが体に染み渡る稀有なものとしか言いようがない。恐らくはグールド盤以来の感銘。これだけで1時間は掛かったのではないかと思われるほどの長大な前半であったが、『インヴェンションとシンフォニア』ということで若干危惧された退屈さは微塵も感じられぬ、めくるめく多彩さを味わい尽くした。
 正直申し上げればこれで既にかなりの満腹感を味わったところに、後半もまた超弩級のプログラム。4つのデュエットをいとも多彩な響きで弾き分けた後には『音楽の捧げ物』。これをモダンピアノで演奏した例を筆者は寡聞にしてほとんど知らないけれど、通例である室内楽編成もしくはチェンバロでの演奏に比べて何とも異質かつ異物感(これは褒め言葉である)が満載である(思えば、昔ウェーベルンの編曲で有名な『6声のリチェルカーレ』を初めて聴いた際に、ウェーベルンお得意の「音色旋律」技法のためもあるだろう、モダン極まりない音の動きに思わず何の現代音楽か? と訝った記憶が蘇る)。ただし、リフシッツの演奏の凄まじさには驚嘆しながらも、ピアノでこの曲を延々と演奏するのを聴くのは筆者個人としては退屈しない訳ではなかったと告白しておく。
 ここまででひたすらバッハ三昧、恐らく聴衆はこの巨人の文字通りの「巨きさ(おおきさ)」に圧倒され尽くしていたことだろう(筆者はかなり疲労困憊しました)。そこへ最後に弾かれたアンコールはダルズィンスの『メランコリック・ワルツ』。本プログラムとの見事過ぎるコントラスト、素晴らしい軽さ。その物憂くいささかセンチメンタルな調べにはしたたか酔わされた。

藤原聡 Satoshi Fujiwara
代官山蔦屋書店の音楽フロアにて主にクラシックCDの仕入れ、販促を担当。クラシック以外ではジャズとボサノヴァを好む。音楽以外では映画、読書、アート全般が好物。休日は可能な限りコンサート、ライヴ、映画館や美術館通いにいそしむ日々。

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