Concert Report #789

第44回サントリー音楽賞受賞記念コンサート/藤村実穂子

2015年2月16日 サントリーホール
Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
指揮:クリストフ・ウルリヒ・マイヤー
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
J・S・バッハ:カンタータ第170番「満ちたれる安らい」から第1曲アリア
シューベルト:魔王
ベートーヴェン:「献堂式」序曲op.124 *管弦楽
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
チャイコフスキー:オペラ「オルレアンの少女」から<神が望んでいる!・・・森よ、さようなら>
サン=サーンス:オペラ「サムソンとダリラ」から<あなたの声に私の心は開く>
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲 *管弦楽
ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」第2幕第1場から(フリッカ)
<アンコール>
ビゼー:オペラ「カルメン」から<ジプシーの歌>

 現代最高のメゾ・ソプラノの一人と呼ばれる藤村実穂子の第44回サントリー音楽賞受賞記念コンサート。昨年、紫綬褒章も受賞している。芸大大学院からミュンヘン音大に留学中、ワーグナー・コンクールで事実上の優勝、世界各地の歌劇場に招かれ、ステージに立ち、文字通り世界を飛び回るメゾである。
 音楽の裸形をそのままそっくり差し出す歌人(うたびと)。そのたおやか、かつ凛とした歌のたたずまいはどの曲目にも共通するもので、余分な演出がいっさいない。したがって聴衆は熱狂する、というより、心を洗われる、といった感じになり、傾聴の姿勢になる。
 そんな聴衆が沸いたのが、サン=サーンスの『あなたの声に私の心は開く』。終句の「Samson! Je t’aime!」(サムソン、愛しているわ!)が静かに虚空に消え入ったとたん、思わずかかったあちこちからのブラボーは、心底、魅了された嘆声とともに発されたもので、それは大仰な歓呼とは別個のものだった。私も、夢みたいに美しい!と陶然と心につぶやいたものだ。ハープの調べにいざなわれ、フランス語のディクテーションを繊細に声にころがし、春の微風が吹き抜けてゆくような、ほんのり甘く、しっとり露を含んだその歌。オペラでのシーンを彷彿させる。藤村も、この歌と、その出来映えには格別の気持ちがあったらしく、拍手に応え、胸の前で合わせた手を何度も握りしめていたのが印象的だった。あまりこういう動きをする人ではないので。
 バッハは清冽に。シューベルトは、魔王、父、息子の3者を声で克明に描き分け、凝縮したドラマに。『ヴェーゼンドンク歌曲集』は官能的で、いかにもワーグナーらしい夢幻世界をたゆたって。『ワルキューレ』のフリッカは、夫への怒りと妻の寂寥を濃やかに演じて。むらのない、良くコントロールされたなめらかな美声がホールにしみとおる。どんな時も圧迫感のない、その響きの品格。さすがの歌姫であった。

丘山万里子 Mariko Okayama
東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲理論科音楽美学専攻。音楽評論家として「毎日新聞」「音楽の友」などに執筆。2010年まで日本大学文理学部非常勤講師。著書に『鬩ぎ合うもの越えゆくもの』『からたちの道 山田耕筰論』(深夜叢書)『失楽園の音色』(二玄社)、『吉田秀和 音追い人』(アルヒーフ)、『波のあわいに』(三善晃+丘山万里子/春秋社)他。東京音楽ペンクラブ会員。本誌副編集長。

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