Concert Report #792

ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

2015年2月25日 東京オペラシティ コンサートホール
Reported by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

【曲目】

J.S.バッハ:
 フランス風序曲 ロ短調 BWV831
 イギリス組曲第3番 ト短調 BWV808
シューマン:
 精霊の主題による変奏曲
 幻想曲 ハ長調 op.17

 休業期間を経て、3年半ぶり、待望のリサイタルである。今回の来日スケジュールは、新任の指揮者パーヴォ・ヤルヴィとN響との共演(モーツァルトの『協奏曲第25番ハ長調K503』)を一つの柱にしていて、ほかにソロ・リサイタルが2夜(オペラシティと横浜フィリアホール)。どちらも、昨2014年末にリリースしたバッハ『イギリス組曲』を前半の曲目の中心とし、後半がシューマンである。筆者はこのうち、オペラシティ公演を聴いた。

 直前にプログラムの変更。『イギリス組曲』第1番のはずが第3番になったのはいいとして、後半のヤナーチェク『草陰の小径にて』第2集が外され、シューマンの、演奏会ではほとんど弾かれない『精霊の主題による変奏曲』が『幻想曲』の前に入った。
 どんなヤナーチェクを聴けるか、筆者にはここがいちばん期待の演目だったので、少々がっかりの変更だったのだが……実際には、これが大当たりだった。アンデルシェフスキにとっても意外な、しかし確信をもって聴衆に提示できる、新たな発見だったに違いない。

 前半のバッハは、レコーディングのあとだけあって、よく練られた、安定感のある仕上がり。ダイナミックで、スケールの大きいバッハである。ただ、聴いていてちょっと苦しい気がしたのは、案外に楽器が鳴らなかったこと。エンジンがまだ暖まらないのか、あるいは日頃の練習量の不足か……。もっと響いていいはずの楽器が思うように反応しないので、奏者に力みが出る。力任せのコントロールになり、聴いていてちょっと肩が凝る感じ。しかしそれもやがてほぐれ、音楽に没入できるようになっていく。

 後半のシューマン、『精霊の主題による変奏曲』は、ライン川に身投げする直前のシューマンが書き付けた、ほとんど最後の作品。
 彼の頭の中できれぎれに鳴り響いていたのだろう幻の旋律が「主題」になっているのだが……主題らしきものもその「変奏」も、おぼろに現れては消え、形をなさない。意識の表層にふと浮かび上がっては、すぐに闇の中に溶解していく、不気味な旋律。シューマンの精神の荒廃をまざまざと見せつけられるようで、実に痛ましい。
 こんな混沌を、どうしたら音楽作品として「再現」できるだろう? 
 しかしアンデルシェフスキは、ほとんど演奏者の存在を忘れさせるくらいの一体感をもって、シューマンの内的世界を現出してみせた。シューマンこそ、この人が最も寄り添える作曲家だ、と思わず言い切りたくなる。
 そして、間髪入れずに始められた『幻想曲』。アンデルシェフスキは『精霊』を、『幻想曲』の序奏と扱ったわけである。これには心底、感服。作曲時期は違えども、この2曲は見事に、深いところでつながっている!アンデルシェフスキの確信が、聴き手のこちらにもごく自然に、非常な説得力をもって伝わってくる。
 この2曲が当夜の白眉となった。アンデルシェフスキの面目躍如である。

 アンコールはベートーヴェンの『バガテル』。
 軽やかに、自在に、音楽と戯れるアンデルシェフスキ。肩の力の抜けた、楽しげな姿を最後に見ることができて、幸せな気持ちで帰路についた。

佐伯ふみ Fumi Saeki
1965年(昭和40年)生まれ。大学では音楽学を専攻、18〜19世紀のドイツの音楽ジャーナリズム、音楽出版、コンサート活動の諸相に興味をもつ。出版社勤務。筆名「佐伯ふみ」で、2010年5月より、コンサート、オペラのライヴ・レポートを執筆している。

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