Concert Report #793

神奈川県立音楽堂 開館60周年記念特別企画
音楽堂バロック・オペラ『メッセニアの神託』

2015年2月28日 神奈川県立音楽堂
Reported by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

曲目
アントニオ・ヴィヴァルディ『メッセニアの神託』
 (ファビオ・ビオンディによるウィーン版(1942年)の再構成版)

音楽監督・ヴァイオリン:ファビオ・ビオンディ
演出:彌勒忠史
管弦楽:エウローパ・ガランテ

キャスト
  ポリフォンテ:マグヌス・スタヴラン
 (テノール、反逆者、メッセニア王権を簒奪、女王との結婚を狙う)
  メロペ:マリアンヌ・ベアーテ・キーランド
   (メゾゾプラノ、メッセニア女王、殺害された前王の妻)
  エピーティデ:ヴィヴィカ・ジュノー
   (メゾゾプラノ、前王とメロペの末息子、エトリアより帰還)
  エルミーラ:マリーナ・デ・リソ
   (メゾゾプラノ、エトリアの王女、ポリフォンテに誘拐された人質)
  トラシメーデ:ユリア・レージネヴァ
   (メゾゾプラノ、メッセニアの主席大臣)
  リチスコ:フランツィスカ・ゴッドヴァルト
   (メゾゾプラノ、エトリアの大使)
  アナッサンドロ:マルティナ・ベッリ
   (メゾゾプラノ、女王の護衛、かつてポリフォンテの指示で二人の王子を殺害)

 助演:寺内淳志、長谷川直紀

スタッフ
  美術:松岡泉
  衣装:萩野緑
  照明:稲葉直人
  ヘアメイク:篠田薫
  舞台監督:幸泉浩司
  演出助手:家田淳
  プロダクションマネージャー:船引悦雄

粒ぞろいの音を紡いでいく技巧、そして聴き手の体に共鳴する響き、そうした人の声のもたらす興奮は、人間の動物としての本性によるものかもしれない。ヴィヴァルディのオペラ『メッセニアの神託』での聴衆の反応は、音楽に感動したという以上に、もっと生理に根差したものであったように思う。終演後、多くの人が立ち上がり、拍手を送り、歓声を上げていた。
神奈川県立音楽堂の開館60周年記念企画としてとりあげられたこのオペラは、ヴィヴァルディが63歳で亡くなる直前までウィーンで公演を目指していたもので、彼の死の翌年、1742年に同地で上演された。1737年にヴェネツィアで興行した演目に改訂を加えたものであるが、もともと「パスティッチョ」と呼ばれる作り方で、自分の過去の楽曲や他の作曲家の楽曲を組み合わせて作品としたものである。この時代のオペラは、ある劇場である期間だけ上演するための一回限りのもので、ヴィヴァルディ自身も90以上のオペラを書いたが、残されているのはその半数に過ぎない。
オペラの舞台はギリシャのメッセニア王国、殺害された前王の妻メロペとその子エピーティデ、王権を乗っ取ったポリフォンテ、メッセニアに捕えられているエトリアの王女エルミーラを軸に、エトリアに逃れ成人したエピーティデがメッセニアに戻り、王権を奪還するまでをえがく。ポリフォンテの策略でメロペや相愛のエルミーラとの行き違いがおこるが、リチスコ、トラシメーデの助けを受け、ポリフォンテを倒し、エルミーラと結婚する。
『メッセニアの神託』の作曲で、ヴィヴァルディがパスティッチョのベースとしたのは、ジェミニアーノ・ジャコメッリ(1692−1740)の『メロペ』で、ファリネッリが出演しヴェネツィアで上演され好評を得たものである。
このオペラも楽譜は失われており、今回音楽監督を務めるファビオ・ビオンディが印刷台本や当時の演奏習慣などから再現した。2011年にウィーンで復活上演し、録音を行い、その後各地で公演を続けてきている。今年2月にはロンドンで演奏し、同じメンバーで来日している。音楽堂では舞台上演という点が、それ以前の演奏会形式での公演とは異なっている。
演出は、自身も歌手である彌勒忠史によるもの。能舞台を意識した橋掛り付きのセット、石庭をイメージした空間、幕代わりの屏風を用い、蔓桶、日本刀、扇子などの小道具も使う。ポリフォンテ役以外はすべて女声歌手が歌うこともあり、視覚面を考えたのか、男性役は和風の衣装、女性役は洋風の衣装としていた。コンサート専用のホールでも収まる、簡素ながら分かりやすい舞台であった。
ビオンディは、2006年にも同じホールでヴィヴァルディの『バジャゼット』を上演している。その時も、ヴィヴィカ・ジュノー、ダニエラ・バルチェッローナといった技巧に優れた歌手を率いて、すばらしい音楽を聴かせてくれた。
今回登場した歌手の中でおどろかされたのは、ユリア・レージネヴァ、1989年生まれ、25歳のロシアのソプラノ。どの声域もむらなく響くし、コロラトゥーラの技術も完璧。ダ・カーポ・アリアの再現部での装飾も華麗に決めた。役柄としては端役だが、二曲のアリアで会場全体をとりこにした。ファリネッリのようなカストラートがもたらした熱狂はこのようなものだったのかもしれない。
その他の歌手も粒ぞろいで、次々と出てきて歌っては会場の温度を高めていく。ただエピーティデ役のジュノーが、前回『バジャゼット』での超絶技巧を思い出すと、今回は少しおとなしい歌唱に終始したのが残念であった。ビオンディのヴァイオリンを弾きながらの指揮のもと、エウローパ・ガランテの弾みのある音楽も健在であった。会場の熱狂は、300年前の音楽が、研究対象というだけでなく、いまでも人の心に届く生命力を持っていること、歌手、管弦楽、舞台といったすべての条件がそろえば、バロック・オペラは最上のエンターテインメントになることを示してくれた。

藤堂清 Kiyoshi Tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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