Concert Report #795

東京文化会館 プラチナ・シリーズ
<世界最高峰のリートデュオ>

2015年3月6日 東京文化会館 小ホール
Reported by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 青柳聡/提供:東京文化会館

<演奏>
メゾソプラノ:白井光子
ピアノ:ハルトムート・ヘル

<曲目>
ブラームス:
 たそがれ op.49-5
 メロディのように op.105-1
 おお、帰り道さえわかれば(郷愁II) op.63-8
 野原にひとり op.86-2
 故郷もなく家もなく(あるドラマより) op.94-5
 夢は去り op.58-7
 春の歌 op.85-5
R.シュトラウス:
 森を行く op.69-4
 おお、あなたが私のものなら op.26-2
 帰郷 op.15-5
-------------------(休憩)---------------------
R.シュトラウス:
 私は漂う op.48-2
 冬の愛 op.48-5
リスト:
 ぼくの歌には毒がある S.289
 花とそよ風 S.324
 ざわめくのは風 S.294
 それは素晴らしいことにちがいない S.314
 マルリングの鐘よ S.328
 御身、天から来たりS.279
 3人のジプシー S.320
--------------------(アンコール)----------------
フランツ:素晴らしく美しい五月に op.25-5
シューマン:くるみの木 op.25-3
シマノフスキ:窓からのり出して op.54-4
ブラームス:私は夢見てた op.57-3
ヴォルフ:ねずみ取りのおまじない
ブラームス:ネコヤナギ op.107-4

白井光子とハルトムート・ヘルがリートデュオを結成したのは1972年、二人のドイツ・リートの分野における活動は40年以上続いていることになる。日本でもほぼ毎年コンサートを行い、シューマン、ヴォルフ、シューベルト等の歌曲を楽しませてくれた。
この日のコンサートで彼らが取り上げたのは、ブラームス、R.シュトラウス、リストの歌曲。録音ではハイドンからシェックまで多くの作曲家の作品を聴くことができるが、コンサートのプログラムでは限られた作曲家をとりあげることが多い。リストの歌曲の彼らの実演に接するのは初めてだったし、ブラームスも多くはなかったように思う。また、彼らの言葉によれば「“たそがれ”の中で人生を振り返りつつ、いつか自分があちら側に行った時には懐かしい人々にまた抱かれるのだという歌」をとりあげるなど、年を重ねるにつれ、歌いたいと考える曲も変わってきたようだ。
コンサートが始まってすぐに感じたのは、ヘルのピアノの音が柔らかいということ。それは、白井の声が病(*)に倒れる前の硬質でダイナミクスの大きなものではなくなってきたことと呼応し、以前の鋭い打鍵をおさえ気味にしていたのだろう。最初のブロックに置かれたブラームスの歌曲の中では、『故郷もなく家もなく』のような歌詞を「語る」タイプの曲の方が彼らには合っている。一方、『野原にひとり』(この訳には違和感があるが)のような曲では、メロディーラインがもう少しスムーズにつながってほしいと感じた。前半と後半にまたがって歌われたR.シュトラウスでは、そのような印象はなく、『森を行く』の後半の怪奇的な雰囲気など見事というしかない。
最後のブロックのリストの歌曲は、知られたものが選ばれている。『ぼくの歌には毒がある』、『3人のジプシー』といった、言葉をたたみかけるタイプの歌では、単語の立ち上がりが早く、ごく自然に詩の中に入っていくことができた。彼らが今歌いたい曲がリストだったのだろう。
会場も後になるほど熱を帯び、止まぬ拍手に応え、アンコール6曲が歌われた。シューマンの『詩人の恋』の第1曲の詩に付曲されたフランツの歌曲、シマノフスキの英語の歌曲(この日歌われた唯一のドイツ語以外の詩)など多様なもの。曲ごとに変わる表情が楽しい。
67歳になった白井光子、年齢や神経疾患の後遺症を感じさせるところもあったが、プログラム作り、曲作りのうまさでカバーし、「世界最高峰」のタイトルを証明してくれた。今後はもう少し聴く機会が増えることを期待したい。

(*)2006年に自己免疫疾患の一種ギラン・バレー症候群のため、手足も動かせず、目も見えない状況に陥った。困難なリハビリを経て2008年に舞台に復帰している。

藤堂清 Kiyoshi Tohdoh
東京都出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。ソフトウェア技術者として活動。オペラ・歌曲を中心に聴いてきている。ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのファン。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若き恋人たちへのエレジー》がオペラ初体験であった。

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